「どこに行っていたの?」
「自分探しの旅……っていうか今、妙蓮寺」
「乗り過ごしたの?」
「コッチジャナイ。なぜオレは対岸にいるんだろう?」
「今、いくら持ってるの?」
「えーと、引き出物持ってて……三次会も行ったから……」
「で、今、いくら持ってるの?」
「えーと、今の時間ならまだ電車あるから」
「だーかーらー、今、いくら持ってるの?」
「あ、ハイ。5000円くらいアリマス」
「そう、ごくろうさま。じゃ、さっさとタクシーで帰ってらっしゃい」
お話しするにはログインしてください。
超短編のことを語る
超短編のことを語る
アカシアの雨にうたれてこのまま死んでしまいたい……
空の近く、森の高い梢にアカシアの白い花の靄がたちこめる。
カスミソウのように純白でなく、フジのように艶やかでもなく、
濁り湿った乳色の粒が色濃くなってきた木々の葉の緑を滲ませる。
アカシアが咲く梢を眺めては、中空高くふわりと舞い上がり、
その白い靄に吸い込まれるさまを夢想し、憬れる。
甘く芳しい蜜を湛えたアカシアの雨に満たされて、溺れ死ぬ。
白い靄に群れ集うチョウやハチ、小鳥たちがそうしてきたように
その香に噎せ返り、そして眠る。
連綿と続く営みを何年も何十年も見つめてきたアカシアに看取られたなら、
無限と続く短い命の鎖に入れるだろうか。ひとつの環になれるだろうか。
ミルクティー色の水溜まりのごとく足下にくすんだ花弁を敷き詰めた……
……アカシアの雨にうたれてこのまま死んでしまいたい。
超短編のことを語る
おととい襲来したミストラルは55時間わたしのからだを貫いて、
そして好きなだけ吹き荒れて、やや湿気を帯びて、今朝飛び去った。
今週末の夜、プロヴァンスに吹くミストラルには、
ほんの少し、わたしの愛とアジアの熱気を帯びていることだろう。
超短編のことを語る
今朝は雨だが、9時、きっかり5分前に、その男はやってきた。
白髪染めはしているけど、まだらに落ちて、カーキ色のコートは肩がまだらに濡れている。
男が無表情でカウンターに立つと、おそらくパートであろうおばさん
――よく見れば、新珠三千代みたいなつくりだと気づく。
ビニールの前掛けに白い長靴、それに少々、肌がかさついているのが残念だ――が、
ひらりと彼のほうに向かって、身をひるがえし、
薄めの笑顔で「いつもの?」と尋ねる。
男が無言でうなづいてから、きっかり2分22秒で
カウンターに湯気のあがった“たぬきそば、わかめ、卵入り。ねぎ大盛り”が供され、
…[全文を見る]