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差別のことを語る

差別についての議論にて、「差別」の語の定義のあいまいさが厄介だなと思うんだけれど、とりあえず差別と偏見を分けて考えてみるのはどうかと思ったり。
で、これらの概念は非常に近しい関係性があるんだけれど、どちらかがどちらを包含するものではなく、偏見のない差別と言うものもあるし、差別には至らない偏見というものもあると考えている。
で、まずそれぞれの定義なんだけれど、差別とは社会のなかにある人々を抑圧する行為であり、偏見とは不適切な属性に基く評価のこと。
だから当然ある偏見が蔓延することは、その属性をもつ人々を抑圧することに繋がり差別にはなるが、一方でその偏見が個人的なものに留まる場合は単にその個人との出会いの契機が減少するに留まり社会的抑圧には繋がらない。
また、統計調査などの結果からある時点である属性を持つ人々が不得手とされていることについての機会を奪うことは、実証的であり偏見とまでは言えないが、実はかつての偏見が機会を奪った結果の不得手を再認してしまっているような場合は、やっぱり差別に加担することになっている。

とまぁこんなことを考えていたときに「差別感情」なる語もあるなってのに気付かされて、上記のものは全く感情的ではないことについてのことだから、これを解説するのにはちょっと工夫がいるなぁとか思ったりしている。