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思い出の店のことを語る

毎週日曜日。
時計が午前11時35分を指すと、父がいつも一言だけ「行くか」と聞いてきた。

行き先は決まっていつものラーメン屋。
国道沿いにある、どこにでもありそうな佇まいで、どこにでもありそうな平凡な名前のラーメン屋。
この時刻に家を出て、ラーメンを食べて帰ってくると、一番の楽しみである囲碁の番組にちょうど間に合う。
だから、絶対にその時刻が前後することはなかった。いかにも時間に几帳面な父らしい。
座る席も、いつも決まって入口近くのテーブル席。開店間もない時間帯なので、座れなかったことはない。

注文はいつも味噌ラーメンだった。
飛び抜けた特徴はない、ごくごく普通の西山製麺の札幌ラーメン。けれど、それが自分とって世界で一番おいしかった。
自分にとってラーメンの原点は、何度となく父と一緒に味わった、ここの味噌ラーメンだった。
普段から口数の少なかった父と交わすラーメン屋での会話は、
「ここのラーメンは美味いなぁ」
「おいしいねぇ」
いつもたったこれだけだったけれど、気むずかしい父が、つい笑顔を見せるその瞬間がなんだかちょっと心地よかった。
同じ会話を、あの店のあの席でいったい何回繰り返したことだろうか。

父がこの世を去ってからしばらくの間、どうしても大好きなここのラーメン屋の暖簾をくぐることができないでいたが、
ある日、ふと思い立ち、再び店を訪れようかと足を向けた。
店に入るといつも黙ってラーメンを作っていた店主が、前と変わらぬ調子で「いらっしゃい」と言い、
そしていつものあの席へ通された。
注文をする前に「味噌ラーメンでいいね」と言われたので黙って頷いた。

店の古いテレビから、父の大好きだった囲碁番組のテーマソングが流れてくる。ずっと変わらない音楽。
もちろん熱々のラーメンも、前と変わらない思い出のあの味。
やっぱり、世界一おいしい味噌ラーメンだった。