>いま生きている子どもたちの喜びもわたしたちのおかげということですよね?
違うと思います。
今、生きている子どもたちの喜びがわたしたちの喜びです。
今、生きている子どもたちが喜びと幸せに包まれていることが社会の果たす役割です。
その社会を作っているのはわたしたち大人です。
本当にどうにもならなかったのか、
どうしてこうなったのか、
検証することが自滅的とは思いません。
たとえ自殺にどういう価値観があったとしてもです。
お話しするにはログインしてください。
自殺のことを語る
自殺のことを語る
>それを「なかったこと」にしたくない気持ちだけは、
>まちがってなかったと今でも思う。
わたしもそう思います。
縁辺さんの作品、まだ読むの途中なんですけど、
そう思います。
彼女の知性は幼くも若くもなかった、十分に成熟していたと思います。
けれど、どう対抗すればよいのか、その知識と経験には欠けていたかもしれません。
なぜ、守るべき大人がいなかったのか、それも今出すべき答えではないと思います。
彼女たちは被害者ですが、受け身ではなかったと思います。
彼女たちの考える「やるべきことをした」のだと思います。
(たとえわたしたちにとって納得のいかないものであったとしても。それはそうですね、そこに追い込んだのもわたしたちです)
そういうことも含めて、わたしは覚えておきたいと思います。
自殺のことを語る
わたしも彼女を絶望させてしまったことに世の中の責任もあると思います。
今や、わたしたちも世の中の一部です。
だからこそ、わたしたちは自分を絶望させないことに責任があると感じました。
彼女はああいう戦い方しかできない、と絶望しました。
わたしたちは、彼女よりも、もう少しだけ、絶望しないでいる責任があるのかもしれません。
彼女よりも、カラダも大きく長く生きている分だけでも。
もしかすると、こう言うのは酷なことかもしれません。だけど、あなたがまだ絶望していなくてよかった。
今、できることをしているあなたに共感します。
自殺のことを語る
シェアしてくれてありがとうございます。
信じる力は大切です。
何かが変わっていく、何かを変えていく。
そんな変化が起きないと
絶望してしまうことも絶望させてしまうことも
わたしたち大人の無責任だと思います。
信じて考えましょう、わたしもそうしたいと思います。
自殺のことを語る
シェアしてくれてありがとうございます。
わたしも、彼女はほんとうに聡明な方だと思います。
その宝物のような知性と感受性を
日本社会は、そしてこの世は失ってしまった、
そのことに単純でない悲しみを覚えます。
と、同時に、ただただ悲しんでいるだけではいけない気もします。
彼女を見習うこと、彼女ほどうまくできなくても、
今の、あるいは一年後の、あるいは十年後のわたしに
何ができるだろうかと考えている次第です。
自殺のことを語る
わたしはカウンセラーですが、「どうにかなる」が「彼女の自殺を止めること」であれば、まったくもって自信がありません。無力だったと思います。
何がよくて何がわるくて、どうしたら彼女を絶望の淵から連れ戻せたのか、今のわたしにはわかりません。
それでも明日を迎えます。
彼女の言葉を今夜は借りて眠ろうと思います(まだ寝ないけどね
それでは、おやすみなさい。そして、未来の私も、おやすみなさい。
年はとってしまったけど、わたしたちはみな、未来の彼女だから。
自殺のことを語る
レスありがとうございます。
彼女のために今、わたしに何ができるのか、ゆっくり考えています。
何もできなくても、せめて覚えておきたい。わたしのなかでは彼女を非実在にしたくありませんから。
自殺のことを語る
「青少年育成条例改正案が可決したら、自殺してやる青少年(少女)です。」と昨年12/13にTwitterをはじめた小学校6年生の少女が自殺しました。
そのことを、彼女のお兄さんが報告しています。
こういう少女がいたという記憶をさまざまな意見をお持ちの方とシェアしたく、こちらに転載します。
言及することはありません。
ただただ、こういう少女が存在して、生きていたということを忘れたくないし、忘れてほしくないと思いました。
できたら、全文読んでみてほしいと思います。そう長くはありませんから。しっかりした文章です。
(合掌)
/自殺