スポーツ選手への共感力が低いんだなと思います
メダルを取るのも逃すのも選手だから
褒められるのは選手だし 逃しても残念とも思わない。
あの成果や喜びや悔しさは 範囲を広くとっても周りの仲間やサポーターに帰属するもので
同国民だから という程度の(あえて「程度」と言わせてください)
共通項では、共感や共有が出来ない。
もし 有名な大会がない期間もずっとその競技が好きで
野球やサッカーみたいに情報を追ってたり
同じ競技をしていたら、気持ちをともに出来るかもしれないけど。
ってことなのかなぁ
ひとことでいうと 興味がない ってことに尽きるのかも!
すいません
ワタシがもっと 文章の書き方を学んで
感情的じゃない言葉を綴ることが出来たら
他者から 「お手盛りの『感動をもらう』ことを 嫌悪する心」
みたいなものを
上手に表現することが出来たら それだけでひとつ本が書けるのに
わりと長く居るほうのやつです これからもハイクある限り末永く続けたいです どうぞよろしく
なんで銀メダルで謝るのかわからないし
ご本人はともかく ポッと応援しだした周りが がっかりしたり残念がるのもわからないし
世界で2番目なんてほぼ頂点のようなもので
誰も至れない境地に達しているのは間違いないのだし
今までの実績からして「もう充分ひとりのひととして究めているからすごい」としか思わないのだけれど
なんでものすごい努力をしている人にもっと鞭打って もっと喜ばせて、感動させて! と求めるのか
なんだか 怒りがこみ上げてきて
長文を書いてしまって 止まらなくなりそうなので
身近なことだけ見て、考えないことにしようと思った
あとルパンでお馴染みの山田康雄さんが
何役もこなしておられました
駿監督作品といえば様々な飛翔シーンがつきもの、と言われますが
こう、「町(文明)を飲み込む大洪水」「水底に沈んでしまう今までの世界」
というモチーフも、頻出だなあ…と思ったのです
「雨ふりサーカス」なんて つい息子と2人で「これ、ポニョだね…」「うん、ポニョ…」って思ってしまった
で、その状況をたくましく笑い飛ばして楽しんじゃう、普段は弱者の子ども&年寄りと、
非日常にオロオロするばかりの大人たち、という
「立ち場の逆転」を引き起こす、装置なんじゃないかなと思いました、大水が。
チバテレで「パンダコパンダ」「パンダコパンダ 雨ふりサーカス」
やってたので、初めてジックリ観ました… なんだこれなんだこれ…
すさまじい、すさまじく可愛らしく、すさまじくおそろしい!
でもゆうべは暑くて目覚めちゃったから眠いのはすごく眠いよぉ
スクワットと腹筋で、この蒸し暑さにも
気圧の乱高下にも、まったく気分が振り回されなくなった
筋トレ素晴らしい、たぶん生理前のイロイロにも効く
悲壮な物語とか たくさんの犠牲の上に得られる評価とか 功績みたいなものを
見たくもないし 欲しくもないんだよなあ
今の自分の気持ちとして
事実でも、フィクションでも
高校野球のほうは 地元校がそんなに勝ち進んでいたことも知らなかった 母校ではないのだ
「総合」が付かないほうです 特にスポーツにも力を入れてない普通の高校のほうです
[急な雨のとき]
自宅にいる→洗濯物を取り込む
職場にいる→サボテンたちを取り込む
娘「あのねー、◯◯くん(同じクラス)のお父さんね、飛行機に乗ってリオオリンピック行ってるんだよ。今日の夜帰ってくるんだって」
私「えっすごいね! ◯◯くんのお父さんはスポーツ好きなのかな。サッカーとか観たのかな」
娘「ううん、お仕事だって」
んっお父さんメディア関係者かな お疲れ様でした〜
ゴーストバスターズは、ちょっと観に行きたい…ひとりで
ワタシの与り知らぬところで どんな作品があっても良いし
それこそもっとアングラな世界も 求める人は たくさんいるのだろうし
描くな!作るな!は 表現の自由を縛る言葉だから、曲がりなりにも 自分も作る側の人間が
そういうこと言っちゃいかん! と自戒しなければなあ…
と、一晩たって ちょっと頭を冷やしました
「わが身に近い世界の、シリアスな命題を物語として楽しむ」というのは
まだワタシには ハードルが高いというだけですね
そうなのだ...「思いも寄らぬ場所で突然出くわす」さえ、なければいいんだ
で、また広告って 過激なワンシーンを脈絡から切り取って構成されてるから
ぱっと見てショック大きいんだ...
おっ今朝もNHKのラジオで
「水戸市のエリー」さんのハガキが読まれた! 常連さんだ!
空襲の記憶がある世代の方なのか…
ああでも ワタシの描いたもの…特にBL傾向のものについても
同じように 見たくもないと思う人もどこかにいるんだよね
むずかしいよ…