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花うさぎのことを語る

  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」7-----
  •  
     
     そしてふと気づいた。視界の静寂の兆しを。風はあった。葉のそよぎも。だがそれらが撓むようにして凝り静止した。背後にあるはずの幾つもの靴音、話し声、そうしたものどもをたぐりよせようと抵抗したが無駄だった。

     きみはわたしを恐れなかった。わたしがひとを殺すことをなんとも思っていないのに。

     頤をあげてまっすぐにこちらをみていた。
     己は知っていた。そして恐れた。正直にそう口にしたとたん、あの男はわらった。

     まあいい。べつにそんなはなしをしたいわけじゃな…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」6----- 
  •  あれは七月のことだった。短い梅雨に水不足が懸念され猛暑らしい日差しが照りつけていた。にもかかわらず呼び出しは常に戸外でその不満を漏らしていたころだ。
     会話を盗み聞きされたくないのだとは察していた。己たちは夢使いのはなしばかりした。その歴史や伎について互いの知識と経験を共有した。それらを附きあわせてみると夢使いを一概に流浪の民とするのは実情に合わないことや得意分野に地域差がある様相があらわになった。

     それらは書きとめなかった。互いに予感があった。い…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」5----- 
  •  あの男と一緒に過ごした日々を鮮烈に覚えている。そう記して己は首をかたむけた。よくよく思い出してみなくとも一緒にいたのはたいして長い時間ではなかった。はたして若かったからだろうか。昨日のことのようにとまでいうと大袈裟だが、少なくとも何事もぼんやりとした輪郭をまとうほど鈍くなった近頃とはやはり違った。

     ごくたまに呼び出しの場に当の相手の姿のないことがあった。そういうときは置き去りにされた取り巻きどもが聞きもしないのにさっき誰其と出て行ったと説明し憫笑…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」4----- 
  •  随分と浅ましいことを書いた。だが恐らく己の弟子はこうした件は教えられまい。魘をあれほど見事に扱いながら溺れない。強靭なのだ。あの剛胆さゆえに魘を恐れずに触れることができる。おそれれば捕りこまれる。彼はそれをよく知悉している。

     夢使いは碌な死に方をしないといわれるがそのとおり爺の祖父は魘に囚われて狂死した。遡ればまだいるだろう。爺はそれを恐れていた。一夜限りの関係を好んだのもきっとそのせいだ。

     弟子の依頼人はその当初から今に至るまで成人だけだ。自…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」3----- 
  •  妙な縁というものがある。
     むかし戯れに弟子にはなした。己の爺に並ぶほどの夢使いが北の地にいると。それがあの男だ。都会と違い地方には夢見の儀式が多く残っている。なかでも北は格別に、それゆえに優れた夢使いを輩出する。そんなはなしをしたときのことだった。
     あの男は北の出身ではないが、経緯はどうあれ結果的にはあの土地に望まれたのだと考えている。
     弟子の恋人にあの男のはなしをしたことはない。だが双方それとなく了解している。己は彼が調べた夢使いの資料とその出…[全文を見る]

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おびただしい数の舟が
花びらのように押し流されたあの日からほどなく

辛夷の花は咲いただろう

辛夷の名は拳からきているという
すべてが大地に同化した荒地のなかで
真っ白な拳がすずなりに地面から空を突いていただろう

「こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春」

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」2----- 
  •  読み返してみたがどうにもまとまりがない。これを読む相手に己の言いたいことが伝わるだろうかと柄にもなく心配になるが他に書きようがないのだ。
     夢使いとして語るとき常に相手が目の前にいる。その反応をうかがい、確かめながらはなす。だがこれはそういうわけにはいかない。そもそもこれを記すきっかけは己の妻にあるのだが本人はこれを読むことはない。

     彼女は海外で仕事をしている。彼女などと書くといかにも白々しい。よそいきの顔をつくるのもなんなのであらためる。あいつは…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部「視界樹の枝先を揺らす」1----- 
  •  何をどう話せば死者について語り得るのかを己は知らない。なにしろあの男が死んだことすらも随分後から知った。友人とも呼べない仲だった。せいぜい大学の先輩と後輩、その程度だ。
     そうだ。大学のはなしをすればいい。まずは始まりの四月……。

     長髪を靡かせて前をいく男が「夢使い」であるのは察していた。己(おれ)も夢使いだ。まだ正式に夢秤を手にしていたわけではなかったが、そのくらいのことはわかった。互いにそれは了解していたはずだ。あの男は桜並木のしたを悠々と、人波…[全文を見る]

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  • --------- 浪 ---------------
  • わたしが枝垂れる花、それも樹に咲く花が好きなのは
    どこかしら狂気じみているせいだろうと思う。
    桜しかり藤しかり、夏であれば百日紅(さるすべり)。

    ではブーゲンビリアはどうかというとこれは違う。
    インチキくさい色のせいじゃない。
    しっかりと大地をかかえこむ根とそれゆえの不自由を持たぬ花に
    狂気の匂いなどあるはずもない。

    大阪の新興住宅地にはキョウチクトウばかりが憎らしいほど並んでいて
    古い庭木が塀のむこうから覗くのを愛でる楽しみなどなかったが
    神戸に来てさるすべりの紅い花をよくみるようになった。

    一年でもっとも暑い百日に
    なにかを吐き出すように咲くさるすべりの
    花の終わりにわたしの鎮魂歌も遠ざかる。

    その花の縮れた線が密集するさまに
    砂浜を駆け上がる無数の浪を想う夏が
    ようやく終わるのだ。

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こたえるように

f:id:usaurara:20120801224130f:movie

百日紅(さるすべり)がいろを濃くするたび
自動ドアのガラスがはじけ光に刺されるたび

その風のなかに
その光のなかに
あの熱をおもう

また盆がやってくる

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部 「夢でさえ、なくていい」5------
  •  
     
     このひとは、このところようやく背骨のしたに指をくぐらせることを許してくれるようになった。ただ何も言わないで触れていたときは嫌がった。おれとこうなるまでは女性しか知らないひとだ。無理もないと思いながらも諦めきれず、おれの口に吐き出して弛緩しきったすきを狙ってまさぐった。すぐ怒鳴られた。顔を蹴られそうになったこともある。つまりおれは懲りずにくりかえした。

     あるときとうとう我慢できずひとつになりたいとせがみ繋がりたいとねだったおれに、このひとは顔色…[全文を見る]

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  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部 「夢でさえ、なくていい」4------

  • デパートでなく、コンビニが好きだとあのひとはいつも口にしていた。好きなものを誰をも気にせず買えるからと。街には万屋(よろずや)というべきものしかなく、外商部という存在を当時のおれは知らなかった。そもそも百貨店という場所に行ったのでさえ、小学校にあがってからだ。

     あるとき高校を中退したと話したこのひとは、何かを羞じ、それが酷く重大事のような顔をしていた。おれはまるで気にとめなかった。おれの生まれたところでは大学に進学する人間のほうが稀だったから。それ…[全文を見る]

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