どちらかというと、イヤらしい性欲の発露と快感を望む利己的な気持ちでセックスしたいというところからスタートして、いやいやそれじゃいかんなと人の尊厳と自分の誇りで自己を制御するところまで、だんだん大人になっていくものなんじゃないかしら、大半の男の子って? だからしばらく肘鉄くらい続けたほうがいいのよね。
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くたびれ はてこのことを語る
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悪意のない被害者落ち度論を読んで、そんな風に思った。
レイプ被害の何割かは「性関係を持って当然」と思われている間柄で起こるだろう。
ほかの何割かは「異性として好意を持っている・親密になることに同意していると暗に示していると思われて当然」と思われる関係で起こるだろう。
双方に好意があれば性関係が成立するのは当然という前提。
「他者・異性に好感をもつとは最終的に性関係を望むことだ」という極論が元になってる。だから「好意を持っていたかどうか・持っていると思われたかどうか」を議論する。
でも「美味しいものを作る、美味しそうに見せる…[全文を見る]
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この縛りはデートレイプの温床になっているだろうなあと思う。
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交際することが、小さな結婚契約みたいだ。
複数の相手とデートを繰り返して相手を知って選ぶんじゃなく、よく知らない相手と契約するところから交際が始まって、それ以前にはデートをしたり親密に手紙や電話を交し合ったりできない。
契約には「彼氏たるもの」「彼女たるもの」「愛しているなら」という縛りがたくさんある。そこに性関係に合意する、というのがある。先延ばしするのはいいけれど、交際しながら性関係に合意しないのは不自然だ、というもの。これってもともと結婚関係におけるものだ。
日本の男女交際はよく知らない相手といきなりペアになるというお見合いの流れを汲むものだと思う。その相手を自分で選ぶようになっただけで。「今度のプロムには僕と行ってくれる?」という世界とは大幅にかけ離れている。
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その後、リアルに十代、二十代で結婚前にセックスをする・した世代の漫画になって、そのぎこちなさや卑猥さ、浅はかさ、過激さが描かれるようになる。その段になってはじめて「漫画の描写が過激だ」って騒がれた。だけど子どもが性関係を持つというのは過激で危険なことなんだから、望ましいかどうかは別として、ある意味でこっちの漫画の方が現実をよく反映してる。
セックスはもはや生涯ただ一人の相手との契りじゃない。そういうのは”重い”と思われるし、そんな風に考えているキャラクターが出てきたら、「頭がおかしい」キャラ扱いだろう。
妊娠や性病や精神的な…[全文を見る]
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でもさあ。
童貞処女の十代が美しく抱き合って、踊っているかのようにポーズを取り合って、汗と涙をきらきら流して朝チュンていうあの描写は現実をまったく反映してない。作者と出版社は読者が望む世界を描いただけなのに、性関係は若い恋人同士の間にもあって然るべきっていう風潮だけは確実に根付いた。
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もう少しあとの、90年代の少年漫画(サンデーなど)ではセックスは「恋人同士が固く結びつくために必要不可欠なこと、真剣な交際をしているふたりならリスクを恐れず勇気を出して挑戦する」「セックスしないのは古い価値観に囚われている人、打算的な結婚を考えている人、純粋な恋愛をしていない人」っていう考え方がベースになっていると感じた。
セックスしたいという気持ちは性欲の発露というイヤらしいものではなく、恋する二人が生涯ただ一人の相手と真剣に契りを交わしたいことの表れ、という扱い。
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小泉今日子のデビュー当時の歌って性関係をほのめかす歌がとても多い。
”半分少女”とか”艶姿ナミダ娘”とか”素敵なラブリーボーイ”とか。
意中の男の子の性欲は好ましいもの、暗黙のうちに性関係に合意している女の子の気持ちに気付いて、的な。
あれより前の、山口百恵時代に書かれた少女漫画では、家族や社会に認められない交際をしているふたりが「ふたりだけで結婚式を挙げよう」って言い出す話がちょいちょいあった。ふたりだけの結婚式っていうのはちょっとした儀式を自分たちでやって、そのあとセックスに及ぶというもの。初夜といえばセックス、そのためには結婚式が必要だ、という流れだったといま思う。
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「ちょっとやめてください」
「え、持ち帰り自由なんでしょう?」
「違います、これは売り物じゃありません」
「貸してくださいよ、いいじゃないですか」
「ダメです、イヤです」
「偉そうに、何様だよ。いいからよこせよ」
「ドロボー! ドロボー!」
「うるさい黙れケチケチするな」
このくらいの勢い。この人、勘違いしてるんじゃないよね。盗る気まんまんだよね。
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相手が性関係に乗り気だと思って勘違いした人だけじゃないよね、強姦できそうな状況できそうな状況で強姦した人って。
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ぐすん・・・。
玉ねぎにフランチェスコさんにいただいたオイルかけて食べよう・・・。
あ、自慢じゃないですよ、自慢じゃ? あー、美味しいなあ!
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フォロワーに入れてくれないけどお気に入りに入れてくれてるからいいんだ。
と思って自分を慰めていたらいつの間にか外されていたのでございます。
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Toy story3観てきた。
2で扱った玩具の末路というテーマをわざわざもう一度扱って、どういう結末にするつもりだろうと思って観に行った。3本のうちでもっとも重いテーマだと思った。涙はぜんぜん浮かんでこなかった。最後の瞬間まで自分はどう生きるかを考えながら帰ってきた。
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すごいショックだったことは確か。あんなに次から次に男性客がやってくるマッサージの店に入ったのも、ヤクザの存在をあんなに間近に感じられるビルに入ったのも初めてだった。
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痛くすぐったい・痛痒い・激痛のどれかが間断なく迫ってくる乱暴なタイ古式&アロママッサージを受けて一週間ですが、まいばん暗い時間に眠れるようになったのがあのしごきに近いマッサージのせいだったらどうしよう。もしかしてすごい効果的だったのか。
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自分メモ:カラーゲを誰よりも食べるよ、という顔だよ!フフン!
(☄◣д◢)☄
http://h.hatena.ne.jp/ringojyu-su/9259271089785152256
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こうして考えてみると、女子高生が性犯罪者の児童虐待行為を純愛とよぶのもわかる気がする。
「仕事も家庭も捨てて、自分に何もしてくれない女の子のためにどこまで行く」みたいな。
社会と対立することが英雄行為に思える十代。ケータイ小説で受けそうな話。
実際は頼るもののいない小児の弱みに付け込んで、社会的な責任も道議的な責任も負わず、自分の中で大義名分を打ち立てて、薄汚い欲望のはけ口にしているだけなんだけど。
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未来も社会的な立場も犠牲にして、ただすきだという気持ちに殉じる。
経済的な恩恵や社会的評価、家事労働、自分の名を継ぐ子どもを儲けてくれること、そういうことを期待して一緒にいる相手を選ぶのは打算だ。
幼女や子どもとセックスしたがる人の悶えを純愛という人たちの気持ちって、そんなかな。
でも小児性愛行為に到る人って、全力で自分の身は守ろうとするよね、ふつう。
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G線上のアリアを聴くと「下校時間だ」って思うんですけどね。
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スタコメから。
>カラーリングの違いで見分けてます。154と145は子供のおもちゃみたいな安っぽいプラスティックの質感の白赤黄と白黄赤です。154はガンダムの腰の部分で145はあひるのおもちゃみたいです。9は黄土色で7は緑、6は黒っぽい紺
「ああ、似てる似てる。でも9は深い青だ」ってもちのんしゅーが言ってた。
/くたびれ はてこ