演奏中にきゃーきゃー言ってなきゃいいような気がしますが、やなんだね。
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くたびれ はてこのことを語る
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指揮者の山本正治という方は、持病をお持ちか、身近に重い病気を患う方でもいらっしゃるのじゃないかと思った。演奏する曲、演奏する曲、なんだかすごく死を連想させられた。今日たまたまなのか、いつもこうなのか。
演奏する学生たちからは慕われている様子だったけれど、二人いたハープ奏者のひとりがなぜかものすごい仏頂面で、演奏が終わってみんなニコニコしているなか、ひとり終始ふて腐れていた。あまりに断固とした不機嫌ぶりがおかしくなって、笑ってしまった。まるで貧乏な来客に席を取られた金持ちの一人娘のようだった。
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長い時間クラッシックを聴いたあとアンコールでのJAZZは大いに盛り上がった。
歓声と拍手があり、口笛やかけ声が上がった。
でもさー。クラッシックで盛り上げてよ。そっちが本職でしょ。
そっちで盛り上げて、立ち上がらせてよ。甘いんだよこんなのは。
甘いJAZZなんか聴きに来てないんだよ。
と、ひとりうーむと思いながら黙々メモを取っていた。
クラッシックは黙って聞くモノ、JAZZはヒューヒューいいながら聞くモノってことなのか。
あれは一種のお作法なのか。
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「ねばならない」が自分の中での葛藤であるとき、「である必要はない」の力はそれほど強くない。どっちも自分だし、どっちの中でもある程度生きられるから。
でも、「お前は我々の元で奴隷として生きねばならない」の中には、人が尊厳を持って生きることを許す余地はない。だから黒人のJAZZには断固とした確信と魂があるんじゃないかなと思った。
言い換えると、体制側のJAZZには一種の迷いというか、その場限り感があるような気がした。「これは息抜き、本番じゃないよ」という。
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いぜんダイヤリでいわゆるモータウンサウンドと、黒人差別と、白人がカバーしたモータウンサウンドのメッセージ性の違いについて書いたことがある。
今日はJAZZについて似たようなことを感じた。
JAZZには「~ねばならない」からの解放がある。
それはクラッシックの枠の中で「ねばならない」を作ってきた側にも解放をもたらすのだと思う。
「かくあるべし」が強い日本人のクラッシック演奏者にとってもそうなのだろうと思った。
でもそれは、黒人が命を自分のものとして生きる権利をかけて歌い上げた抑圧との戦いとは違って、「~じゃなくてもいーよ」という自分を慰撫する甘いものなのねと思った。やさしい感じすらする。
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せっかく生演奏を聴いたので、もっと、音楽の話をしたかった。
「futarisizukaさーん、どこー」とちょっと思った。
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ひとつづつ愛が深まっていくたび 言葉に出来ない気持ちが増えるね お互い
っていう歌があったけど、知ってる人が増えると、書けることが減ると思うハイク。
いや、あのね、今日ね・・・や、やめとく。
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・網走から60kmほど離れたところにある北海道北見市は、かつて世界的な薄荷の産地として知られ、いまも薄荷にちなんだ商品が作られているという北見市出身者のお話
・北海道で2月にB級以下のみ参加できるビリヤードの大会があり、それにはプロは出席できないことになっているが、世の中にはビリヤードのプロとして賞金稼ぎで食べている人がいるという、アマチュアプレイヤーのお話
・さいたまから新宿に通って仕事をするのは可能だが、長く続けるとつぶれるというコボル・フォートラン使いの元SEさんのお話
・着物で自転車に乗るのは平成の横紙破りだけでなく、昭…[全文を見る]
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世の中にはバレリーナになる人がいるけど、わたしはバレリーナにはなれない。
でもわたしはバレエやらなくても生きていける。
だから世の中に~な人がいても、わたしは~にはなれないこともある。
それは仕方がないからあきらめよう。わたしは~じゃなくても生きていける。
と、最近よく思う。しっくりくる。
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でもさ。
歴史に残る偉人の家が安定していて両親が立派とは限らないんだから、
難あり家庭の難あり環境で難ありな肉体と精神を持って生まれても
それ自体が産まれてこない方がよかった理由じゃないし、
暗い将来を決定するものじゃないよね。
不完全な国の不完全な親から産まれた不完全な子どもに
どんな将来があるのか、その子が世界にどう影響を及ぼすかわからない。
人生斎王が馬だし、瓢箪から駒だ。
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心変わりすることのない相手と、保障された将来と、安定した人格と、健康な体が揃ったひとだけ、結婚して子どもをもうけてよろしい。
ということになると、大半の人は踏み切れない。
それもあって、子どもが減っているんじゃないかなと思う。
子ども”育てられない”のに”作る”のは無責任とか言うじゃん。
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でもさ。
なに不自由ない暮らしを捨てて恋に身を投げて、死んじゃうような話の方が人気あるよね。
生きることより恋をすることの方を選ぶのが純粋なように思われるのはなぜだろう。
生きていれば、恋以外にもいいこと色々あるじゃん。だから生きた方がいいよ。
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つけ睫毛って、誰がつけてもすてきに見えるモノだと思っていたら、
「こんなに似合わない目ははじめてです」
という仕上がりになって驚いた。
日頃からなぜかビューラーを使うと目がとげとげした感じになるので、
つけ睫毛を鋏でちょんちょん短く切って、ビューラーであげないようにしてみた。
「あら、なんだかくっきりしたマスカラね」
という程度にくっきりした。
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さいわい結婚当初よりずっと具合がよくなったので、家事ができる。
家に家事をするひとがいると家の中がよくなる。働けるジャンルがあってよかった。
「家事はいっさいやらない」
という話で結婚したので、家事はぜんぶサービスだと思っている。
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「恋愛感情がなくてもこれだけ話が合うなら、やっていけるんじゃないか」
というのが希望のよすがであった。
面白くていいひとだからな、もちおは。お見合いとか、こんな感じなんだろうか。
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ちなみにもちおは
「照れているんだと思った、まさかほんきですきじゃないんだとは思わなかった」
と結婚後3年目くらいに理解したのであった。
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でも、いまでは
「たいへんなときにいい人が現れて、ほんとにしあわせね」
と、誰もが言う。いや、離婚しないようにがんばってるんだよ。先がないし。
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「恋愛感情がどうしても沸かない、異性として見られない」
「でも自活できなくなったから、結婚する」
と決めたとき、
「経済的な理由で愛もないのに結婚するとは何事か」
と誰もが言った。衣食足りて恋愛の余裕なんですよ。
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なにしていいかわからないので部屋を片付ける。
間違いない。
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空中分解したハイク裏けいおん部4人で行くはずだった、会費制の持ち寄り音楽演奏会に、一人で行っているAkimboさんから、画像添付メールが届く。
「アキンボさんさびしがってないかなーと思った。」
とメールしたら、
「そんなことない、みんなフレンドリーだ、そして自分がいちばん馴れ馴れしい」
という力説返信メールが立て続けに届く。
さみしいんだな。
/くたびれ はてこ