だからはてこは「遊びにきてください」とか「泊まりにきてください」とかは社交辞令で言わないの。
「遊びに行きましょう」は延期になりがちだけどね!
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くたびれ はてこのことを語る
くたびれ はてこのことを語る
「なんかあったらおいで」を真に受けて、驚いた顔を見て
「ああ、ほんとに来ると思っていなかったんだ」と思ったことがある。
だから用意がないならそういうことを言わないでほしいんだよね。
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児童買春者のサディストに怪我をさせられた路上生活の子どもに、
「そんなこともうやめな。今度さそわれたらおにいちゃんところへ逃げて来い」
って言ったライターの話を読んだ。
子どもは本当に深夜に逃げてきた。ライターは本当に宿まで来ると想定していなかった。
それで一晩部屋に寝かせて公園に返すことしか考えられなかったと書いていた。
「ちゃんと逃げてきたよ、えらい?」
と子どもは誉めて欲しがったけど、ライターは返事ができなかった。
「怒ってるの? こっちへ来て」
と不安がる子どもに
「僕はきみを抱けない」
と答えた。子どもは泣いた。
買ってくれと…[全文を見る]
くたびれ はてこのことを語る
お金がほんとにないと、「かーねーのない奴ぁ 俺ンとこへ来い」って言われたら行っちゃうし、
「おーれーもないけど 心配するな」って言われたら切れる。青い空白い雲を見る余裕なんてない。
モノも愛情も余裕がないと確保に必死になる。
そのうちなんとかならねえよバカ野郎おまえの相手する時間はねえんだよ!!ってなる。
お金か愛情かどっちかたっぷりないとこういうの笑えない。
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でもわたしがもちおに
「長い間お世話になりました。愛する人もできました。立派な家庭を作ります」
と出て行くと、もちおは悲しくて死んじゃうかもしれないからそれはやめよう。
もっといい人を探せばいいんじゃないかと長い間思っていたけど、もちおにとってはわたしが家族で、
家族は取替えがきかないんだなと少し前に気がついた。
「おまえんちの犬、雑種か。もう年寄りじゃん、このチワワと取り替えろよ」
みたいなことを言うのはよくないよね。
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「大草原のちいさな家」でローラが結婚するところまで読んだとき、
「ローラ、家にいればいいじゃん! なんでこの家を捨ててアルマンゾのとこへいっちゃうんだ!」
と思った。
いま思うと、十分愛し合ったかけがえのない家族を持った人は、外へ出て行けるんだと思う。
自分もそんな家族を作ろうと希望を持って出て行けるんだと思う。
しょっちゅう不当に叱られて、出てけといわれてる子どもを知ってるけど、
「大人になったらどんな家に住みたい?」
と聞いたら、
「ずっとこの家にいる」
と真剣な顔で言っていた。
くたびれ はてこのことを語る
親族の仕打ちに一喜一憂しなくなったのは、もちおと暮らしているからだ。
もちおが自分の家族になったので、親族がどうであっても、自分の家の中に幸せがあるからだ。
幸せだと人に寛大になれる。この家を大事にしようと思う。
家族とうまくやって大人になった人は、こういう気持ちで大きくなったんだろうな。
そりゃちょっとやさしくされたからって変な人に入れあげて家を出たりする必要ないよね。
やさしくされること、愛されることはすでに持っているんだから。
くたびれ はてこのことを語る
「○○世帯は不当に手当てがある! ずるい!」 みたいに騒ぐ人と、
「アフィリエイトをやってる! 汚い!」みたいに騒ぐ人って似てる。
誰も奪っているわけじゃないのに、自分の取り分が減る感じがするんだろうな。
くたびれ はてこのことを語る
両親、継母、妹弟がいてよかったし、大事に思う。
けど次にまたわたしが路頭に迷ったときも、まあ助けてくれないだろうなとも思っている。
死んだら泣くかもしれないけど、死ぬまでは近づいてこないだろうと思う。
それで凹むとか怒るとかじゃなく、そういう想定である程度将来を考えておこうと思う。
それ以前にもいざとなったら助けてくれると思っていたわけではない。
そうなってみて、具体的にどういう問題が起こるかわかったので、備えられるものは備えたい。
わたしが崖から落ちそうになっても引き上げるための心体技が、うちの親族にはないんだなと思った。
なんすかね、ボランティアとかもそうじゃん。
「ここで自分の分をわけちゃったら自分の将来はめちゃくちゃになる、不幸になる」
みたいな不安が大きいと、何かを必要とする人が敵に見えるんだよね。
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こないだ図書館に、漫画喫茶暮らし・ネカフェ難民のみなさんへ、みたいなポスターがあった。
自立支援で住まいを提供するから連絡くださいっていう。
ああいうお知らせってネカフェに届いているのかな。
ネカフェは情報もらえそうだけど、路上生活者の方々にも届いているのかな。
あれきりよそで見ないんだよね。
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住むところがあってお風呂もついていて鍵をかけて眠れてありがたい。
お金に困るって言っても、ふぐ刺し食べられないから鰯食べるとかその程度だ。
将来の備えがないとは言うけど、電子機器買ったり服買ったり本買ったりして暮らしてる。
それに慣れて、けちにならないように気をつけないとなと思う。
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わたしが倒れて生保需給を考えていたとき、最初の壁になったのは親族から援助できないと書いてもらうことだった。
親族は人並みの生活してたし、正直仕送りの10万20万なら余裕だったのでやっかいだ。出したくないだけで。
その前に寝たきり状態でどうやって役所手続きに通えばいいのかというのもあった。
路上生活でやっていけるだろうか、次に住む場所のあてがないなら荷物を処分するお金をどうしたらいいのか。
そういうことを考えてから一年経ってないころだったので、人事じゃなかった。
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いぜん川崎よりの横浜で部屋を探していたとき、おばあさんが二人入ってきて、
「やっぱり保証人がいないとダメだって。断られたよ、あの部屋」
と言って、町の不動産を長くやって来た風の不動産屋とやりとりをしていた。
「定収入あるって言ってもダメ?」
「うん、生活保護需給が決まってるって言ったんだけど。どうしたらいい?」
「あそこだめだったら、もうないなあ」
「・・・でも住所が定まらないと生活保護はもらえないんだよ」
「ない。うちではやってないね」
「だけど、」
「・・・」
雄弁な沈黙を前に、おばあさんははっと打ちのめされた顔をした。
「ないって、行こう」
二人は頷いて出て行った。
川崎周辺に住みたくないのはああいうときどうしたらいいかわからないからだ。
猫缶を買ってる場合だろうかと考えては思い出す。
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真澄の前世は托鉢経験のあるお坊様だろうか。
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こんな日にも真澄だけは来る。
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そうだ早太郎を散歩に連れて行ってみようか
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ちばてつや先生の自然淘汰説について、アダム・スミスの「神の見えざる手」を連想した人はほかにいらっしゃいませんか。
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「漫画に描いてあることを本気でやるやつはもともと精神に問題があるから漫画がなくてもやる。漫画無罪」
「性描写を子どもの漫画から奪ったら子どもは性を学ぶ機会を逸する。漫画有益」
これ矛盾してるって気づかないのかな。
個人的には「ああ、漫画読んでいてよかった、おかげで性関係がうまくいった」と思ったことはない。
くたびれ はてこのことを語る
近親姦を不当に礼賛するのと恐ろしい問題として提起することを「どっちも子どもがセックルしてんだから一緒」って言ってる人たち。
本気でその区別がつかないんだったら読解力に問題があるといわざるを得ないし、行政に区別がつかないだろうと思っているなら悲観的すぎるし、行政は区別しないだろうと思っているならいまこそ相互理解とリレーションシップの問題に取り組むときなのではないか。
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子どもに成人映画を見せるのはどうかっていうレベルの話なのに、いつのまにか団鬼六先生を、ナボコフ御大を否定すんなみたいな話になっててわけわかめです。
/くたびれ はてこ