~空が青いと君がいった日 5~
自分が何を求めているのか想像して笑った。
わたしはただ、自分の欲望のままに「力」を振る舞いたいだけなのだ。
それを名誉だの正義だのとわかりやすい言葉で粉飾し、誤魔化しているだけだ。
むろん、それを今ここで口にしてもいいわけではなかった。
それでも、彼の誤解だけはといておきたい。
「わたしは真の騎士ではないよ」
「そうですか?」
「ルネさまのような方をそう言うものだ」
「俺、そういうあの方を作ったのって、アンリさんなんじゃないかって思いますよ。まあ現実的にはアンリさんだけじゃなくて、ニコラさんも…[全文を見る]
~空が青いと君がいった日 4~
「わたしが思うに、それは君がやることじゃなくて《死の女神》の神殿の仕事じゃないかな?」
「それはそうかもしれないですが、女の人のためってだけじゃなくて、太陽神殿の教義や対応自体に問題があるのは事実です。けっきょく世の中って弱いひとのところに負担がいきやすいじゃないですか。そういう全てをどうにかできるとは思ってませんが、考えて、少しでも動かせるなら、どうにかしたいんですよね」
彼のいうとおり、戦乱や疫病でわりない被害にあうのは子供、老人、そして女性だ。また、家や家族を失った女たちが新しい町で男…[全文を見る]
~空が青いと君がいった日 3~
わたしがとぼけると、ジャンは尋ねたことをあからさまに後悔したように口を曲げた。その顔をみて、自分が少し嫌になった。自己嫌悪を払拭すべく、わたしはすぐさまその名を告げた。
「マリー・ゾイゼ。この国の宰相閣下の息女にして、アラン・ゾイゼ神殿騎士団長の妻だ。もっとも、あまり公式行事にも出席しないから話したこともないけどね。彼女もわたしの顔をそれと知っているかどうかわからない。それで?」
「それでって、なんですか?」
「気になったから、わたしに尋ねたんだよね? 他に聞きたいことがあれば聞けばいい。あの…[全文を見る]
~空が青いと君がいった日 2~
ジャンがいったい何故、そんなところに女を連れて行くのか判じかねた。彼に限ってそんな事はないと思う一方、なにか揉め事になるのではないかとも考えた。彼がちょくせつ関係していないにしても、穏健なはなしには成り得ない。いざとなれば仲裁に入らなければならないかもしれず、わたしは足音をしのばせて人通りの少ない道を歩いた。
はたして、待ち合わせでもしてあったのか、門のすぐそばには白いヴェールをかぶったほっそりとした貴婦人が立っていた。わたしは彼女に見覚えがあった。背中をむけたままのジャンはこちらに気がつか…[全文を見る]
歓びの野は死の色す外伝
~空が青いと君がいった日 1~
世は並べて事もなし。
娼婦と寝た朝に思うのは、そんなことだ。
わたしに背をむけて軽い鼾をかく女は、モーリア王国から来たという。かなりの売れっ妓らしく顔も身体も悪くなかったが、いささか喋りすぎたし化粧が濃い。
神殿に戻るまえに湯をつかわなければ、この匂いでエミールに嫌われる。
いちど、脂粉塗れで朝帰りしたのを見咎められて以来、わたしは身を整えて太陽神殿に戻るよう気をつけていた。あの女の子みたいに可愛らしい顔が嫌悪感にゆがむのを目にすると、少々倒錯的な興奮をおぼえな…[全文を見る]
風に舞う蝶 3
ここまで話してきて、アンリさんは顎に手をあてて考えこむような顔をして、問題の石を指差しました。
「その石って、これのことだよね?」
「そうです」
「元に戻ってる……?」
僕は、深くうなずいてから口にしました。
「ジャンは始めから、次の見回りのときには元の場所にあるはずだから心配するなと言ってくれていたのです」
「ああ、そうなんだ。じゃあその通りになってよかったね」
そう言ったアンリさんは僕の顔を見て首をかしげました。
「あれ? エミールは、あんまり嬉しそうじゃないね」
「僕も安心して喜びたいのですが、ジャンが、その…[全文を見る]
風に舞う蝶 2
一月ほど前の、見回りのときのことでした。
西側の一角の石が動かされていて、それを農民たちに抗議したとき、ジャンは彼らのはなしを聞いただけですましてしまいました。僕が口を挟もうとすると、お前は引っ込んでろといって後ろに押しやるのです。
ジャンは、同じことの繰り返しや行き当たりばったりで要領を得ず、まったく整合性のない農民たちの言い訳を、一言も漏らさず耳に入れていたようです。僕は嘘をつく人間が大嫌いなので実は途中で苛々してしまったのですが、ジャンがその場を動かないものですから、黙って彼の後ろに立っていました。
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風に舞う蝶 1
あの蝶を、初めて見たのは「見回り」の日のことでした。
見回りとは、太陽神殿の葡萄畑が他の所領地とちゃんと区別されているかどうか確認する作業です。そのころの僕は、エリゼ公国の都にたったひとつだけの太陽神殿に「神官見習い」として勤めていました。
都の東側の突端にあるとても小さな太陽神殿には、僕たちの主にして神官職であられるルネ・ド・ヴジョー伯爵、神官見習いのニコラさん、作男のアンリさん、作男なのにやたら教義や式典に詳しいジャン、そして僕エミールがいたのです。
「見回り」が始まったのは、その神殿で寝起きするよう…[全文を見る]
――あたしのお兄ちゃん 5――
あたしはお兄ちゃんの妹だから他の女のひとよりもずっと長い時間一緒にいられて、わがままだっていっぱい聞いてもらった。お兄ちゃんを独り占めしたくて、あたしはお兄ちゃんがもらったチョコレートも全部、食べた。ほんとはチョコ好きじゃないけど、お兄ちゃんのほうがチョコ好きなのも知ってたけど、あたしが好きだって言ったら絶対にくれるのわかってたから。
あたしが作ったものを美味しいといって食べてくれるお兄ちゃん。
お兄ちゃんが、ほんとは嫌いなものを知っていて、あたしはそれを知らん振りして作ったりする。
あたしは意…[全文を見る]
――あたしのお兄ちゃん 4――
あの日、あたしは母親の言いつけを無視してデパートの屋上にひとりでのぼったの。おうちの三面鏡の前にいる母をみるのは好きだったけど、おトイレで自分の顔をみつめる母は、いつもと違って近寄りがたかった。あたしのこと、見てないように感じた。いま思えば、あたしはお母さんにやさしくなかったなあって反省する。あんなときに娘に逃げ出されたら、再婚に反対だって意思表示みたいだよね?
もちろん、そんなつもりじゃなかったんだけど。
でも、あたしもほんとは不安だった。
新しいお兄さんに会うのが。
苛められたらどうしよう…[全文を見る]
――あたしのお兄ちゃん 3――
彼女はいちど、あたしのピアノの発表会にきてくれたこともある。よく、覚えてる。
あのひとのことは嫌いじゃない。
ほんとよ。
笑顔のすてきなひとだった。
お兄ちゃんのほうが「美人」かなあって思ったけど。少なくとも、今にいたるまで、お兄ちゃんの周りにいた女のひとのなかじゃ、ダントツで感じがよかったの。っていうか、お兄ちゃんが就職してから付き合った女のひとたちとまったく違うタイプ。
でも、お兄ちゃんが本当に深町さんのこと好きだって信じられなかったのよね。
そういって詰め寄ったら、あのひとには彼氏がい…[全文を見る]
――あたしのお兄ちゃん 2――
でも、だって、お兄ちゃん、ずっと決まった彼女いないんだもん!
中学から目白の男子校に通ったせいか女の子の友達も少ないし、それよりなにより大学時代の友達、浅倉さんとすごく仲がよかったんだもんっ!
ほとんど半同棲状態だったしっ、お兄ちゃんお料理できないから浅倉さん手料理つくってあげてたし、一緒にバイトもしてたし!
お兄ちゃん、色白で切れ長の瞳が妙に色っぽいし、ピアノ習ってたせいか指先まで綺麗だし、あたしと違って頭の回転はやくて俺様でちょっと意地悪だし。
絶対にもてると思うのに、ずっとずうううっ…[全文を見る]
――あたしのお兄ちゃん 1――
お兄ちゃんに、見られた。
あれを。
あの、秘密文書を。
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「ずっと、あんたが好きだった」
「朝倉?」
「辰村サン、もういいかげん諦めて、オレのものになってよ……」
朝倉の手が、頬に触れた。久雄はびくりと肩を震わせて目の前にいる男の浅黒い顔を見つめ、その両目に純然たる欲望が宿っているのに気がついた。
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あたしのお兄ちゃんは龍村功という。独身貴族というのかしら、こんな時代で…[全文を見る]
~この胸の炎 3~
さしもの俺もその言い振りにはとさかにきて反抗した。
「俺だって、神官様がこの国のお姫様と結婚できたらいいと思ってますよ」
「そう。できたらいい、それがおまえの本心だ。おまえの心配はこの神殿がどうなるかで、またはこの国がどうなるかだ」
「なっ、だ、だってそりゃ」
「勘違いするな。おれはそれを責めてるんじゃないさ。上つ方の立場は庶民と違うことくらい、おれもよく知っている。だが、それはあの方の人生を自分たちの平和のために犠牲にしてくれと願っていることだと、一度でも考えたことがあるか?」
「……貴族なら、あたりまえ…[全文を見る]
~この胸の炎 2~
ニコラの問いに、自問していた。
俺は、いまの大神官様が14歳で神官資格をとったのと同じだけの速さで出世した。
ちなみに、太陽神殿の神官資格は試験に通れば誰でも取れる。10代で教義をおさめ終わる人間も極少数ではあるが、いる。寝る間も惜しんでガリガリやれば、どうにかなるもんだ。ただし、その後、神殿を任されるか否かは人間性がものをいう。身分はたしかに有利に働く。だが、俺のような農民出でも、あからさまに待遇を変えられることはない。だからこそ、俺は、太陽神殿に勤めようと思った。
正直、この国の守護神である死…[全文を見る]
~この胸の炎 1~
このところ毎日、我らが太陽神殿の主は街の西向こうにある古神殿にお出かけだ。
そこには、この国のお姫様がいらっしゃる。10年前、そのお姫様と神官様は相思相愛だったらしい。
仲間みんなが大盛り上がりなんでいちおう話を合わせちゃいるが、ほんというと、俺が気になるのはこの神殿がどうなるかってことだ。
神官様はルネ・ド・ヴジョー伯爵様といって、この大陸でも有数の名門貴族のお生まれだ。そこに、隣のモーリア王国から王女を嫁にもらわないかっていう話がきた。
なにせ、仰々しいナリをした宰相閣下がお出ましになっ…[全文を見る]