「今読んでいる本でおもしろいところがあったの。どうしてもそこんところを言いたいから聞いてくれる? 宇宙船に乗ってて、ある人物がコンピュータに『お茶ちょうだい』って命令したらすごいまずいのが出てきたの。そんで『お前悪食かよ』とか『お茶の歴史を教えてやる』とか叱りつけたら、コンピュータがすべての業務を停止して、お茶について学び始めちゃったのね。そうこうしているうちに、なんかしらん、攻撃され始めちゃって、他の乗員が『おいおいおいなんでうちのコンピュータは沈黙してんだ』つうたもんで、さっきの人が『これこれこういうわけで今お茶の勉強をしているからしばらく動けない』つうたら、なんと、攻撃の最中に降霊会が始まったの。何かっていうと、祖先を呼び出して対応法を聞こうってのよ。あははは、はははははは」
と私が言ったときの夫の悲しそうな、不思議なものを見るような目が印象的でした。
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家族今日の夫のことを語る
家族今日のダンナのことを語る
書ききれないほどいろいろあった。
全部覚えておけたらいいのに。
とりあえずいままだ息をしています。
天命をまっとうできますように。
初心に帰ってソファで眠るよ。
家族今日のダンナのことを語る
転院先のパンフレットから次の担当医の顔写真を見る。
「イケメンかあ…いけすかねぇな」
はたして担当医は転院説明の場に付き添ってくれたはてこ妹に釘付けで、無駄に話を長引かせたのであった。
こんな小さな顔写真からよく本質を見抜きましたね。
家族今日のダンナのことを語る
「もう何もしたくない。入れるのも、吐くのも」
どうしたい?と聞かれることが苦になってきた。
家族今日のダンナのことを語る
姑に付き添いを頼んで家で数時間用事を済ませ、戻ってきたら目をしっかりとあわせてにっこり笑ってくれた。
「もっちゃん、さっきはてこを見て笑ってくれてうれしかった」
「はてこがおってくれてうれしいよ」
数年ぶりに大好きなハーゲンダッツのマカデミアアイスクリームを一匙舐めた。
身体を拭いて着替える。
頼まれていた書類を提出したことを伝える。
「これで、用はすんだ」
「はてこの用がすんでないよ」
「はてこさん、大好きよ。何度でも」
「痛くて苦しいからさ、用がすんだら、もう早くいってしまいたい」
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血反吐用洗面器の前で蕭然と座っている。
もうかすれ声しか出せない。
「もっちゃん、こっちみて」
への字口でキョロっと目だけ上げる。
「見てほしかっただけ」
まばたきで頷く。
視線を落とし、間をおいて、またキョロっと目を合わせる。
見る影もないほど骨と皮になってしまったけれど、魂はあのおどけたもちおのままだった。
どんなに楽しい日々だったか。
どんなに面白おかしいことばかりしてきたことか。
どれほどもちおに笑わせてもらったことか。
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「選ぶ楽しみを味わってみたい」
入院してはじめて部屋から出て、病棟の暗い廊下を点滴台ガラガラさせながら歩き、自販機でジュースを買った。
さっき歯磨きしただろ。
家族今日のダンナのことを語る
深夜、簡易ベッドに横たわる寝不足の妻に。
「こらから歯磨きするけど、ちょっとQoo買ってきてくれる?」
まぶたが腫れ上がるほど泣いても、こういうときは「おまえな、」と思う。
家族今日のダンナのことを語る
こんなことになると思わんかったんよ
もちおが馬鹿やった
俺は本当に馬鹿やった
はてこさん、ごめんな
本当にごめんな
家族今日のダンナのことを語る
「はてこさん、しあわせになってな
こんなことになってごめんけど、おれ、はてこさんはしあわせになってほしい」
「あんた無理いうね」
「うん、悪いけど、しあわせになって」
しあわせってなんだろね。
これまでこんなにしあわせだったのに、この先どうやってしあわせになれるんかな。
家族今日のダンナのことを語る
「はてこさんがおばあちゃんになるの、見たいなあ…
おれ、はてこさんはぜったいかわいいおばあちゃんになると思っとったもん」
こら何としても長生きしておばあちゃんにならないけんな。
家族今日のダンナのことを語る
「もちおはわたしをしあわせにしたんだよ
妹子も、甥介もしあわせにしたよ
おじいちゃまのことも助けてくれた
わたしの母も、父も、弟も兄もしあわせにしてくれた
わたしの家族を人をしあわせにしたって覚えておいてね」
「わしは、はてこさんをしあわせにしたかったんよ。
ほかの人はどうでもよかったんよ
はてこさんがしあわせになるのが見たかったんよ。
はてこさんに笑ってほしかった。
それが俺のしあわせやった」
家族今日のダンナのことを語る
「はてこさんがおってうれしい…
はてこさんには苦労かけるけど、わしははてこさんがおってうれしい
苦労かけるけど、そばにおってな
しあわせになってな」
家族今日のダンナのことを語る
しあわせやった
しあわせやった
山
きれいな妻
思い出すのはしあわせなことばっかり
おぼえておいてな
とうわごとのように言った。
家族今日のダンナのことを語る
痛み止めと睡眠薬の合間に目を覚まし、妻を見つけると微笑む。
「はてこさんがいてくれてうれしい…
なるべく長く、もちおのそばにおって」
わたしもなるべく長くそばにいてほしいよ。
家族今日のダンナのことを語る
一週間前に入院して
二週間前に介護ベッドを入れて
三週間前に介護認定受けて
一ヶ月前に退院してきた
明日からホスピスに入る
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6時間ごとの舌下錠が4時間ごとになり、いまは24時間点滴しながら追加で30分起き。
家族今日のダンナのことを語る
30分起きに押せる痛み止め点滴ボタンを押すために、ほぼ30分起きに起きている。
これは眠れないよね。
でも押さないと痛くて眠れないんだって。
家族今日のダンナのことを語る
「今夜が峠だと思う。わし、今夜死ぬ気がする」
と昨晩いっていたが、無事朝を迎え熱も下がった。
家族今日のダンナのことを語る
「もう二人で並んで眠ることはないんだ」
と空のベッドに涙して眠った妻が病室に泊まることになり、喜んでいる。