まだ事態が飲み込めない
わかっているのは末期ガン患者をどうせ死ぬ人間だと手荒に扱い
何の裁きも受けずにのうのうと暮らす人でなしが
世の中には想像していた以上に大勢いるのだろうということ
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くたびれ はてこのことを語る
家族今日のダンナのことを語る
クソ医者がわたしに無断で薬を増やした直後、まだ薬が利き始める前に、はてこ妹がQooを買ってきた。
もちおはハッと顔をあげ、しっかりした声で「本当に?!やったー!!はてこさーーん!」と言いながらガッツポーズをとった。
「妹子が買ってきたのにごめんね!はねこさん、氷だして!コップも!ベッド下げて!よし、ストップ!」
もちおはQooをひとくち飲み、満面の笑みを浮かべ、二口目を飲もうとしたところで糸の切れた人形のようにガクンとうなだれた。
いま振り返れば明確な意志の疎通とそこから続くリアクションが出来たのはこのときが最後だった。
クソ医者殺したい。
家族今日のダンナのことを語る
「もっちゃん、わたし誰だと思う?」
「さいしょのばしょにいたひと」
「え?」
「さいしょのばしょにいたひと」
「最初の場所にいた人?」
胸にずしんと重い痛みが走った。
「みやさんは、さいしょのばしょにいたひと。こっちへきて」
熱のこもった痩せ細った腕で抱きしめてくれたもちおの胸にはかつての厚い胸板はなく、かわりに痛々しく浮き出た肋骨がある。
けれどもたどたどしい「だいすきだよ、あいしてる」は相変わらずもちおの愛情にあふれていた。
家族今日のダンナのことを語る
クソ医者がわたしの留守に黙ってもちおの薬を増やしていた。
転院前日のこと。
もう言葉が上手く通じない。
医者を殺してやりたい。
家族今日のダンナのことを語る
書ききれないほどいろいろあった。
全部覚えておけたらいいのに。
とりあえずいままだ息をしています。
天命をまっとうできますように。
初心に帰ってソファで眠るよ。
家族今日のダンナのことを語る
転院先のパンフレットから次の担当医の顔写真を見る。
「イケメンかあ…いけすかねぇな」
はたして担当医は転院説明の場に付き添ってくれたはてこ妹に釘付けで、無駄に話を長引かせたのであった。
こんな小さな顔写真からよく本質を見抜きましたね。
家族今日のダンナのことを語る
「もう何もしたくない。入れるのも、吐くのも」
どうしたい?と聞かれることが苦になってきた。
家族今日のダンナのことを語る
姑に付き添いを頼んで家で数時間用事を済ませ、戻ってきたら目をしっかりとあわせてにっこり笑ってくれた。
「もっちゃん、さっきはてこを見て笑ってくれてうれしかった」
「はてこがおってくれてうれしいよ」
数年ぶりに大好きなハーゲンダッツのマカデミアアイスクリームを一匙舐めた。
身体を拭いて着替える。
頼まれていた書類を提出したことを伝える。
「これで、用はすんだ」
「はてこの用がすんでないよ」
「はてこさん、大好きよ。何度でも」
「痛くて苦しいからさ、用がすんだら、もう早くいってしまいたい」
くたびれ はてこのことを語る
何の報告かわかりませんが
Twitterで実況しましたが、医者とバトって入院二日目で転院を決めました。
次はもちおの意志を尊重して楽にしてくれる病院でありますように。
家族今日のダンナのことを語る
血反吐用洗面器の前で蕭然と座っている。
もうかすれ声しか出せない。
「もっちゃん、こっちみて」
への字口でキョロっと目だけ上げる。
「見てほしかっただけ」
まばたきで頷く。
視線を落とし、間をおいて、またキョロっと目を合わせる。
見る影もないほど骨と皮になってしまったけれど、魂はあのおどけたもちおのままだった。
どんなに楽しい日々だったか。
どんなに面白おかしいことばかりしてきたことか。
どれほどもちおに笑わせてもらったことか。
家族今日のダンナのことを語る
「選ぶ楽しみを味わってみたい」
入院してはじめて部屋から出て、病棟の暗い廊下を点滴台ガラガラさせながら歩き、自販機でジュースを買った。
さっき歯磨きしただろ。
家族今日のダンナのことを語る
深夜、簡易ベッドに横たわる寝不足の妻に。
「こらから歯磨きするけど、ちょっとQoo買ってきてくれる?」
まぶたが腫れ上がるほど泣いても、こういうときは「おまえな、」と思う。
くたびれ はてこのことを語る
Twitterやブログは誰が見るかわからないと思っているけど、ハイクはハイカーしかみないと思っています。
ハイク消えたら困るな。
くたびれ はてこのことを語る
昔だったら日記に書いたよね
小さなメモを山ほど書いた
いまはメモも日記も書けない
スマホでハイクにメモるけど、ハイクは日付で抽出しづらい
そこを何とかしてほしいといまほど切実に思ったことはない
家族今日のダンナのことを語る
こんなことになると思わんかったんよ
もちおが馬鹿やった
俺は本当に馬鹿やった
はてこさん、ごめんな
本当にごめんな
家族今日のダンナのことを語る
「はてこさん、しあわせになってな
こんなことになってごめんけど、おれ、はてこさんはしあわせになってほしい」
「あんた無理いうね」
「うん、悪いけど、しあわせになって」
しあわせってなんだろね。
これまでこんなにしあわせだったのに、この先どうやってしあわせになれるんかな。
家族今日のダンナのことを語る
「はてこさんがおばあちゃんになるの、見たいなあ…
おれ、はてこさんはぜったいかわいいおばあちゃんになると思っとったもん」
こら何としても長生きしておばあちゃんにならないけんな。
家族今日のダンナのことを語る
「もちおはわたしをしあわせにしたんだよ
妹子も、甥介もしあわせにしたよ
おじいちゃまのことも助けてくれた
わたしの母も、父も、弟も兄もしあわせにしてくれた
わたしの家族を人をしあわせにしたって覚えておいてね」
「わしは、はてこさんをしあわせにしたかったんよ。
ほかの人はどうでもよかったんよ
はてこさんがしあわせになるのが見たかったんよ。
はてこさんに笑ってほしかった。
それが俺のしあわせやった」
家族今日のダンナのことを語る
「はてこさんがおってうれしい…
はてこさんには苦労かけるけど、わしははてこさんがおってうれしい
苦労かけるけど、そばにおってな
しあわせになってな」
家族今日のダンナのことを語る
しあわせやった
しあわせやった
山
きれいな妻
思い出すのはしあわせなことばっかり
おぼえておいてな
とうわごとのように言った。