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(前線に立つ精神科医)
(……)軍医の心得は「兵士の名誉心・義務心に訴えかけ戦闘意欲を可能な限り引き出す」こと、などの注意が記されている。
 また、詐病(仮病)が判明した場合には、原則として「転属」が言い渡されることになっていた。ナチスは非合法的な殺人をカモフラージュするために、さまざまな隠語をもっていたが、「安楽死」「淘汰」「特別処置」などと並んで、この「転属」もまたその一つであった。「転属」とはすなわち死刑のことである。精神疾患の診断に際して「責任能力」を鑑定するという前述の精神科軍医の役割は、おもにこのような詐病を判別することに向けられていたのである。

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発病した兵士たちのゆくえ
 
 戦時振戦は、とりわけ東部戦線の前線兵士たちのあいだであたかも「伝染病が拡がるかのように」蔓延していた。このような拡大を防ぐため、できるかぎり速やかな隔離と強力な電気ショックによる治療が大学精神科医たち(とくにミュンヘン大学精神科教授ブムケ、同助手ミュコライら)によって強く主張された。むろんこうした症状が詐病であった場合には、「責任能力あり」として「転属」が言い渡された。
 電気ショック両方によっても効果が見られないときには、無意識的な兵役拒否者とみなされ、治療の対象からはずされることもあった。一九四…[全文を見る]

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問題は、テレンバッハがこうした性格像を含むうつ病全体の原因論を、自らの信奉するハイデガーの哲学用語をちりばめながら説明している点だけにあるのではない。むしろ彼自身が、このような特定の性格標識に「好ましい社会的価値」を付与している点にこそ問題がある。(中略)
 たしかに「真面目、几帳面、仕事熱心、良心的」などの性格特徴は、わが国のような大量の仕事人間や過労死を生み出す社会では高く評価されやすいし、少なくともこれまでは事実そうであった。またテレンバッハをわが国に紹介した日本人精神医学者の一部も、この性格像を(とりわけ分裂気質に対比す…[全文を見る]

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 医師は深く息をつき、模範的な落ち着きをもって言ったーー
「全部話してください」。
 そこで侯爵は話したーー司教のもとへの訪問、祈りたいという衝動、盲目的な決断、不眠の一夜。それは、自分の心を甘やかすことなく、すべての秘密を包み隠さずさらした旧キリスト教徒の降伏宣言だった。
「神の命令だったと確信しています」と彼は最後に言った。
「つまり、信仰をとりもどされたということですね」とアブレヌンシオは言った。
「人はけっして、完全に信仰を失いはしないんです」と侯爵は答えた。「いつでもかすかな疑いが残っているんです」。
 アブレヌンシオにもそれは理解できた。神を信じなくなると、それまで信仰のあった場所に消しがたい傷痕が残り、それが信仰を完全に忘れることを妨げることになる、と彼もずっと考えてきたのだった。  (pp.93-94、『愛その他の悪霊について』 G・ガルシア=マルケス)

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報道によると、生活保護受給者が暴力団の資金源として利用されるケースが増えているとか。
(中略)
「もっとよく調べろ」と役所を責めるのは簡単。だが、福祉担当者の激務を思えば、これ以上多くを求めるのは酷だ。性善説に立つ福祉は悪用には弱い。最も責められるべきは悪用している人間。ここを見誤ってはならないと思う。 (2011年2月28日付け東京新聞25面、本音のコラム『貧困ビジネス』宮子あずさ)

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私たちのうちで最も勇気がある者でも、自分が本当は*知って*いることを認める勇気を、めったに持っていない。
(『ニーチェからの贈りもの ストレスに悩むあなたに』清水本裕訳、ウルズラ・ミヒェルス・ヴェンツ編)

※けさのことば、として新聞に載ってたもの。

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他の人も私と同じかどうか知らないが、とにかく私は「美」を長時間熟考することはできない。「エンディミオン」の第一行目を書いた時のキーツほど虚偽の陳述をした詩人はいまいと私には思える。美しい物が私に美的感覚の魔法をかけてくると、私の心はすばやく他へそれてしまう。景色や絵に幾時間も恍惚として見とれることができると言う人の言葉は、どうも疑わしいものだ。美は恍惚境である。それは空腹と同じくらい単純なものだ。特に云々することは何もない。バラの香りのようなものだ。人はその香りをかぐことができる。それだけのことだ。だからこそ、芸術の批評という…[全文を見る]

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美は袋小路である。それは山の頂きで、いったん辿りつくと、もう行き場がない。だからこそ、究極においては、ティッィアーノよりエル・グレコの方に、よりわれわれを酔わすものを見出せるし、ラシーヌの完全無欠な出来ばえよりシェイクスピアの不完全な出来ばえの方に、より魅力を見出すのだ。美についてはあれこれとこれまで言いすぎるほど言われてきた。だからこそ、私はそれにちょっと言いたしたまでだ。美とは審美本能を満足させるものである。しかし誰が満足したがっているだろうか? 満腹がごちそうであるという考えは、愚者にしか通用しない。思いきって事実に直面しようーー「美」はいささかたいくつなものである。
(pp.148-149、サマセット・モーム『お菓子と麦酒』)

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 テルレスはすっかりこの連中の影響下にあった。以下に述べるような精神状態だったからである。つまり、テルレスの年齢だとギムナジウムでは、ゲーテや、シラーや、シェイクスピアを、もしかしたらもう現代作家なんかさえ読んでいた。そしてそれらが消化不良のまま指先から出てくる。ローマ悲劇が書かれ、じつに過敏な抒情詩が書かれるのだ。何ページにもわたる句読点の衣装を、やわらかいレースの透かし編みのようにまとって、抒情詩がこちらに歩いてくる。そういう文章は、それ自体は滑稽なものだが、精神が安全に発達するためにははかりしれないほど貴重である。なにし…[全文を見る]

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 悪習に染まっていたわけではない。実行するときには、始めることにたいする抵抗感と、まねくかもしれない結果にたいする不安で、いつもいっぱいだった。想像だけが不健康な方向にもっていかれていた。1週間のうち毎日がしだいに鉛のようにテルレスに重たくのしかかってくると、からだを腐食するような刺激がテルレスの気持ちをそそりはじめた。ボジェナを訪ねた記憶から独特の誘惑が生まれた。ボジェナはとんでもないほど下品な人間に思われた。ボジェナとの関係、そのときテルレスが味わった感情は、自己犠牲の残酷な儀式のように思われた。テルレスは刺激された。なに…[全文を見る]

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 ポイントは、心的外傷ではなく、物語。大きな物語ではなく、自分の傷にまつわる小さな物語が、特定のヒトやモノやコトとのつながりを感じさせ、私たちをささえてくれる。トラウマにかぎらず、物語は、小さな幸せの技術なのだ。
(中略)
 人生の重荷にうんざりし、単純なことを夢見るようになったとき、ほしくてたまらなくなる人生の法則がある。物語の秩序という法則だ。圧倒的に複雑な自分の人生を、「これが起きた後に、あれが起きた」という単純な物語の意図に通して再生すれば、心が落ち着く。「おれは家の主人だ」と感じさせてくれる何かが、無意識のうちに生まれ…[全文を見る]

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 休息、休息と富というのか__そういうもののありがたさが分るのは不惑を過ぎてからだな。しかもだ、不惑のあとに、人生が半分残っとる。思うだに胸キュンじゃ。きみ、若いひとはそのことを肝に銘じとかなきゃいかん、そうすりゃ人生最悪のミスはたいてい避けられる。二十歳の人間がみんな、人生の半分は不惑を過ぎてからだちゅうことを自覚してくれればだな……。 (p.191、イーヴリン・ウォー著『大転落』)

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「俺はよく、人間の耐えられる苦しみの量というのはどれぐらいなんだろうと考えたもんだ。人間の忍耐の限界というのはどこらへんにあるんだ? こんなにみじめでけがらわしい生活だっていうのに、一体どこまで苦しんだら人間は執着が消えるんだ? こんなふうに自分で自分に聞いては、俺はこのすさまじい悲惨に俺たちを耐えさせている不思議な力の正体を知りたいと思って長い間考えこんだ。他の場合だったらこの生活のほんのひとかけらでもとても“耐えられない”と思ったに違いないんだ。
 この不思議が心理学なんかで説明できるとは思わないが、俺は自分のうちにおこったこ…[全文を見る]

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「そりゃそうです。誰だってひとさまに胸を張れないところを持ってます。(……)さんだって確かに嫌なひとだったのかもしれない。偏差値的な優等性を必要以上に誇ったりするのは確かに愚かしいことでしょう。場合によっては顰蹙を買ってもおかしくない。だけど他人が見たら馬鹿らしいことだって、そのひとにとってはかけがえのない拠り所かもしれないじゃないですか。自分の存在を立脚させ得ることだからこそ、ひとは時として必要以上に己れの長所を誇示してしまうわけじゃないですか。他人には見苦しく映る。その通りです。それを本人が気づかず増長するのだって不愉快極ま…[全文を見る]

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時はしばしば復讐する。が、復讐はしばしば後味のわるいものだ。いっそわれわれはみな他人を理解しようとつとめないほうがいいのではないか、人間というものは一般に、妻は夫を、恋人はその情人を、そして親は子供を、決して理解することがないという事実を承認して、他人を理解しようとすることをやめてしまったほうがいいのではあるまいか? おそらく、だからこそ人間は神を発明したーー理解する能力のある存在を。おそらく、もしおれが理解されたがったり、理解したがったりしたら、きっとおれは進んで信仰に迷いこんだことだろう、けれどもおれは報道記者(リポーター)だ。神は、もっぱら論説記者のためにのみ存在するのだ。
(p.66、『おとなしいアメリカ人 グレアム・グリーン全集14』早川書房)

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実のところ、おれは言いすぎたのだ。彼は蒼白になり、打ちのめされ、いまにも気を失いそうだった。おれは思った、『言ったって何になる? この男はいつも無邪気なのだ。無邪気な者に批難することはできない、彼等はつねに罪がないのだ。押えつけるか、消してしまうか、それより手がない。無邪気は狂気の一種なのだ』
 彼が言った、「テエがこんなことをするはずはない。ぼkは確かにそう思う。誰かがテエを欺したんだ。コミュニストが……」
 彼は自分の善意と無知とで、絶対堅固に武装していた。
(p.187、『おとなしいアメリカ人 グレアム・グリーン全集14』)

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自分で自分の身体をかきむしるのが、最高の激昂の姿である。これは自分で自分の不幸をえらびとることに他ならない。自分で自分に復讐することに他ならない。子供が最初このやり方をやってみる。自分が泣くことに腹を立ててなおさら泣く。腹が立っていることに苛立って、自分をなだめまいと決心することによって自分で自分をなだめる。それがつまりすねることである。自分の好きな人を苦しめることによって二重に自分に罰を与える。自分をこらしめるために自分が愛している人をこらしめる。知らないことを恥じて、もう決して読むまいと誓う。強情を張ることに強情を張る。憤…[全文を見る]

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カースルは驚きの目で、いとも自然に状況に順応するミュラーの言動を見守っていた。それはカメレオンが環境に合わせて体色を変化させるのに似ていた。おそらく、週末をレソトのカジノに遊ぶときも、このような順応性を発揮しているのだろう。カースルはそのことだけで、彼への反感が烈しくなった。食事のあいだも、ミュラーはそつのない会話をつづけた。おれはむしろ、ヴァン・ドンク大佐のほうに好感を持つ、とカースルは思った。ヴァン・ドンク大佐だったら、サラと顔を合わせた瞬間に、何もいわずにこの家をとび出していったであろう。偏見には理想と共通する何かがある。コーネリアス・ミュラーは偏見を持つことがなく、それだけにまた、理想がなかった。
(グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』p.124)

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※長~いよ
※ネタバレ注意(『パーム26 愛でなく』)

この会議の参加者の方々は色々な意味で環境問題の最前線におられます
ある組織的行動は大規模に環境を破壊し 大勢の直接的被害者を生む
そしてある組織的行動は 環境の保全を推進する
皆さんはこの三者のどれかあるいは複数に属する方々だ
しかし環境に作用する最も大きな力は こういった直接的なものでなく 間接的な力です
わたしはその 最大勢力の中から たまたまこの場にやってきました
わたしは誰か? その最大勢力とは何か?
大企業の人間でも 政治家でも 環境団体の人間でもない ごく普通の人間です
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「犬を愛する人にとっては、いかに犬が愛すべき動物であるかということについて百千の理屈が成り立つ。犬のきらいな人間にとっては、いかに犬がうるさい動物であるかということについて百千の理屈が成り立つ。このあいだの断層は、永遠に埋められやしない」
「刑務所に入っている人間のうち、じぶんがほんとうに悪い人間だと考えとる奴が何人あるだろう。いつ社会の罠におちるかもしれない、という現代人の恐怖を描いた小説がこのごろ流行っているらしいが、いつわれわれは加害者に陥るかもしれない」
「人間の真実は、むしろ曳かれ者の小唄の中にある」
(『夜よりほかに聴くものもなし』山田風太郎)