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掌編小説のことを語る

 
 今日も兄さんはあたしを抱いてくれなかった。あたしの掌に精を吐き出しただけ。乳房に残る歯形が少し痛い。でも、それ以外、なにも証拠はない。あたしは処女のままだ。
 兄さんは、あたしが実の妹でしかも母さんと同じ修道女だから昂奮する。父さんと同じ過ちを犯すのを怖がって、それを忌まわしく思うからこそ昂ぶるみたい。
 まあ、わからなくもないけど。あたしもたぶん同じ。

 母さんは綺麗なひとだった。年取った今でさえ、ひとが振り返るほど美人だ。
 もしもあたしがまっとうなフィレンツェ市民の娘なら、そこそこ幸せになれたことだろう。あたしは母さん…[全文を見る]

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掌編小説のことを語る

「結婚しない男 ――フィリッピーノ・リッピ――」
 
 
「フィリッピーノ。お願い、抱いて欲しいの。もういいの、どうなっても」
 うわごとのようにくりかえし、僕のものを花の馨りのするそこへ導こうとするサンドラ。
「駄目だよ。それに僕はあのひとじゃない。きみの初恋のひとじゃない」
「わかってる。わかってるわ。でも、あのひとは私を好きになってくれないの。結婚してくれないんだもの。だったらもう、処女でいる必要なんてないじゃないっ。それに、あたしをこんなにしたのはあのひとじゃない。あのひとは、あたしに指一本、触れてくれないのよ」
 サンドラは泣き…[全文を見る]

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掌編小説のことを語る

花色に染まりたるひと~視界樹物語外伝~
 
 
 今にも風に攫われていきそうな白いかたまりに魅入られて足をとめた。散る花がいまいちど枝先に戻ろうと、幹によりそっているかに見えた。それが、桜の樹に背をあずけて眠っている「忌み様」だと知れたのは、一呼吸おいてのちのこと。
 お社にある樹木のうちで、わたしはこの桜がことに好きだ。独り占めしたくて供を追いやり人払いをしたはずが、この天上人には通用しなかったらしい。天を支える《境》からおりてこられた方には、この国の王女といえど遠慮すべきだったのかもしれない。
 ただ、散る花が雪と見える夕暮れに…[全文を見る]

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掌編小説のことを語る

 前略ごめんください。
 権兵衛さん、お返事くださって本当にどうもありがとう。とってもうれしいです。権兵衛っていう字むずかしいですね。いっしょうけんめい練習しました。
 それからわたし、実をいうとあなたをうたがってしまって。おじさま、いえ、叔父がよこしたのかと。でもぜんぜん字がちがいました。字、お上手ですね。達筆というのだと教わりました。わたしもお習字をがんばらないといけません。
 前のおたより、木のうろにいれたでしょ。叔父がそうなさいって言ったから。海に流してもだれにもとどかないって。あそこなら、だれかが見つけてくれるんじゃない…[全文を見る]

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掌編小説のことを語る

文学フリマでお配りした無料誌です。後程「春呼さんの部屋」http://harukosan.hatenadiary.com/へ転載しますが、まずはお世話になったハイカーのみなさんにお披露目です。お楽しみいただけたらこれ幸い☆


『少女文学者・春呼さん はじめてのお便り』
 
 はじめてお便りさしあげます。
 あなた、わたしのことをなんて呼びますか?
 わたし、春呼といいます。は・る・こ。
 女の子は名前の呼び方ひとつとってもめんどくさい。そう思わない? 春ちゃん、春呼ちゃん、春呼さん、春さん、いろいろ。それにね、呼の字をふつうに子どもの子にしてくれたらよかったのにって…[全文を見る]

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掌編小説のことを語る

  • ---あなたに本当に伝えたいこと------
  •  
     
          すぐ隣の部屋に、好きなひとが眠っている

          おれは、
          わたしは、
          眠れない

     美術部の合宿で大学の保養所に泊まりに来ている。いちおうスケッチ旅行という名目で、明日は美術館見学も予定に入っているが、まあたんなる温泉旅行、慰安旅行にちがいない。前評判通り、料理の味や施設の使い勝手はともかく風呂だけはやたらに広く、贅沢といっても許される露天風呂までついていて、先輩たちのいうように文字通り「サイコ―」だった。いまどき保養所で合宿かよと毒づいてたおれら…[全文を見る]

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掌編小説のことを語る

  • ---ユメノナルキ------
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     かつて、バクはユメノナルキの下でくらしていたそうだ。
     あの日、わたしはつれあいのバクを探して外に出た。
     いつも一緒に寝ていたのに、目がさめると姿がない。パイプベッドのよれたシーツの上にバクの温もりはわずかに残されていて、じきに戻るかと二度寝を決めこむつもりが、奇妙に心臓が高鳴った。
     とるものとりあえず探しに出てから、一年が経つ。
     バクは正真正銘の貘で、夢使いのわたしのつれあいだ。
     夢は東の果てからやってきて、その類い稀な香音でひとびとの心をかきならす。わたしは客の夢を聞き、その夢を客の望む香…[全文を見る]