もちおは猫や妻が
「いーやー! やーめーてー!!」
というところが好きで困る。生傷が絶えない。
でも、嫌がる猫を無理やり抱っこして、嫌がられて逃げられて
「あーん、抱っこさせてー!冷たいんだからー」
とデレデレしてるひとって少なくない。嫌がってるだろ。
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くたびれ はてこのことを語る
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5歳のとき、幼稚園で高橋真琴の絵がついたハンカチを見て、あまりにかわいくて力がみなぎり、ハンカチを両手に握ってぎゅうっと思い切り引き裂きたい衝動にかられた。
「いけない、いけない。そんなことをしたら破れちゃうぞ」という気持ちと、「なんてかわいいんだ!!!!!」という気持ちの狭間で揺れた。
甥が赤ちゃんだったときや、ふにゃふにゃな子猫を掌に乗せているとき、いつも「なんてかわいいんだエネルギー」をそのまま発揮して抱きしめないように、コンサートホールでピアノの最初の音を出すように、全力で力をセーブしたものだ。
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関係性を無視して、これはセクハラ、これならセクハラじゃないと行為で切り分けることはあまり有効じゃない。
問題は本人が望まない領域に無理に踏み込むことだからだ。
セクシャルな意図があったかどうかではなく、セクシャルな関係を結びたいと双方思っていたかどうかだ。
同じ行為がある場合は大歓迎で、ある場合は裁判沙汰なのは一見おかしいようだけれど、問題は行為じゃなく他者の気持ちを尊重することだから、行為に焦点を当てて論じるのは見当違いだ。
でも人の気持ちは見えないし、無視しようと思えば見えないふりもできるから、仕方なく裁判では行為が争点になる。
だけどそういう論じ方を日ごろから使うと、取りこぼすものがたくさんあると思う。
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いぜん知人の2歳の男の子を抱っこしていたとき、ふとほっぺたにキスしたらまっすぐ前を見ながら黙って手でぬぐっていた。悪いことをしたと思った。
赤ちゃんも猫も犬も人も、嫌がられる触り方ってある。夫婦でも恋人でもある。
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銀色夏生が、ちいさいころ赤ちゃんの妹のほっぺたがあんまりかわいくて噛み付いて泣かせたことがあると書いていた。わかる。あまりにもかわいいものと遭遇すると力がみなぎってぷるぷるすることってある。
でもあんまりかわいくて噛み付きたくなったっていうのと性欲はちょっと違うと思う。「かわいいですね、抱っこさせてください」というおばあちゃんと変態とは似て非なるもの。だけど、凹凸をぜんぶセックスと結びつけたりするのがすきな人だと、触るといえばみなセクシャルなものなのかもな。
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でも聖戦気分でヒロイックな気持ちを刺激されてる人たちは、見知らぬ仲間との間で強い仲間意識を感じているのかもな。
まったく現状を知らない無知で浅はかな大人、独裁者、権力者を相手取って戦っている気持ちなのかも。
わたしも小学校のころは親とかPTAとか学校の先生って敵みたいに思ってたよ。
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恋愛は個人的なもので、結婚は社会的なものだと思う。
熱烈な恋愛は社会性に反することもある。二人のために世界があったら周りはものすごく困るということがある。
趣味は個人的なものだけど、流通は社会的なものだと思う。
でも趣味にはまる人は社会性に反することも尊いと思うことが多々ある。
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殺人や裸体が描かれた漫画を次々上げて、これも規制対象だと皮肉のつもりで大騒ぎしている人たち。
性器の露出のみを取り締まるAVの悪しき一律文化に影響されすぎ。
そのうち性器の断面図がポルノとして扱われているから医療機関にそういう図があるのも規制対象か、とか言い出す人が出る。
本気で現状を心配してる人たちの気持ちを、どう思っているんだろう。
これまで自分はサブカル寄りだと思っていたけど、すごい溝を感じた。
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マツコ・デラックスも、石原都知事の発言を非難してはいたけど、現状を憂う人がいるのはもっともだとも言っていたのに、なんだかすごい勢いでお神輿に担ぎあげあられてる。
あの人が言っていたのは、同性愛者に対して差別的な意見や感情を持つ人がいるのはもっともだけれど、あのような立場にある人が公の場で、感情的になっている人たちの神経をわざわざ逆撫でするようなことをいうなんて常軌を逸しているということ。そして子どもに有害な影響があるものは漫画アニメに限らないのにそこに絞ってその他は放置というアンバランスさに不穏なものを感じるということ。
だから条令はそのものもおかしくまったく狂っている、現状は問題がなく規制は不当だ、とは言っていない。
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表現規制関連のキーワードを見て、あれこれ考えるけど投稿しないで閉じる。
仮想的を探してたみなさんは石原都知事を叩く理由が見つかってよかったね。
石原都知事にどれほど人格的な問題があるとしても、現状に多くの人が危惧する問題があることにはかわりないのに。
出版業界がイベント参加を見合わせたのは、たいしてお金にならないから調度良かったからなんだろうと思うよ。
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って思っていても、おじいちゃまにいただいた振り子時計が止まるたびに
「すわ、何事か!」
ってどっきりするんだけどね。はやくまたおじいちゃまに会いたいなあ。
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祖母がボケてきたとき、もう死んでしまったかのように悲しかった。
世界中にもう自分の肉親といえる人がいなくなってしまった気持ちだった。
じっさい祖母が何をしてくれるわけでなくても、祖母がいるということが自分にどれだけ安心感を持たせていたのか痛感した。
祖母が亡くなって数年は悲しいというより恐ろしかった。
そんな風に人を亡くし続けてこの先過ごすんだと思うと耐え難かった。
最近やっと温かい思い出が、もっとしっかりした形で自分の中に根づいていくように感じる。
それでこの先誰かをなくしても、愛情はずっと残るのだと思う。
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父方の祖母は晩年失明し、他界する数年前に脳梗塞で倒れ、以来まだらボケが進んだ。
書道と絵画に親しんでいた祖母にとって目が見えないのは致命的だった。
わたしは祖母が昔、新聞に投稿しようと書いた小説やエッセイをテープに録音した。
最後ははてこが会いに行ってもわからなかった。
それでわたしが朗読テープをかけると、はてこに、はてこの自慢をした。
「これはね、わたしの孫ですよ。東京にいる孫が、読んでくれたんです。上手でしょう」
おかんとなかなか上手くやれないわたしは、もし祖母ともうまくやれていなかったら、自分は女性とはうまくやっていく自…[全文を見る]
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父方の祖母はちょっとした人格破綻者で、祖父はなぜ離婚しないのかと親戚一同陰でごしょごしょ言っていた。
嫌われ者のこの祖母は独占欲が強く嫉妬深かった。無理やり愛を獲得しようと酷いことをあれこれやった。
ところが幼い孫娘だけはなぜか祖母になつき、顔を見るとどこまでもついてきて、帰ろうとすると泣いて後追いしまくったことに感激し、以来一生この孫娘には無償の愛を注ぎ続けた。
母方の祖母はちょっとした人格者で、うさぎ年生まれでいまだ一人暮らしで基本的に台所は自分の城。
昭和の山の手の奥さま全とした人で、人に迷惑をかけず、人の詮索はせず、器用…[全文を見る]
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お散歩楽しくない。部屋に帰って寝ていたい。
ストレッチも痛くて嫌い。自分より身体の柔らかい人をみてケッと思う。
有酸素運動苦しい。どうしてこんな苦しい目に遭わなきゃならないんだと思う。
でもお風呂と同じで、始めると割といいのよね。
「これからまいにちやろう!」
なんて思っちゃう。そしてやり過ぎる。
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部屋って片付けている間ずっとリアルタイムで進捗が眼に見える。
あれがたぶん自分の性格に合っているのだと思う。
お料理は、食べ終わったあとの片付けまでセットだからそこがちょっとたいへんだ。
疲れているときは台所が散らかるくらいなら食べなくていいと思う。
最近はもちおが洗い物をほとんどやってくれるので、料理前に台所がきれいだし、食後は流しを見なくていい。
もちおも洗い物はぜんぜんすきじゃないけど、片付いていると次に料理が素早く出てくるのでがんばっている。
「ワンプレートランチって何がいいんだろうね」
という話が知人男性二人の間で出たとき、もちおは
「洗い物が少なくてすみます」
と即答していた。
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一人暮らしだったころ、朝御飯は必ず食べた。
食べないと午前中キツクてお昼までもたないのがわかっていたからだった。
こういう、その日うちにやったかやらないかで結果が明白に出るものがいい。
すぐ結果が出ないとやだ。
特にやっている間たのしくなくて不愉快なことは。
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「外は寒いけど家にいちにちいると後でイライラするからもっといや」
とか、
「ストレッチなんかちっとも楽しくないけど、やらないと後で死にたくなるからそれがいや」
とか、そういうのが動機になるかもしれない。
わたしは散らかった部屋に帰ってくるとお疲れ不機嫌で大喧嘩する傾向がある。
それが嫌で、出かける前には部屋を片付けるようにしている。
こうしておけば後で楽だ、すっきりするとわかっているからやる。
体を動かしたあとに、「よかったこうならなくて」か、「よかったこうなって」があればいいのにな。
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体を動かすと疲れるし、痛いし、その後寝こみがちだから嫌だ。
特にストレッチ系。痛いばかりだから嫌い。人並みにできない上に成果が上がらないから楽しくない。
リハビリ嫌だって言う人達もこんな気持ちなんだろうな。
でも体を動かさないことの結果が嫌だっていう気持ちが強まると動くんじゃないかなと思った。
おとんは脳梗塞後に体を動かすことが前より好きになったみたい。
「脳梗塞をやったのに、そんなことまで出来るなんてすごい」
っていうのが推進力になっているのだと思う。チャレンジしまくりで、最近はダイビングなんかやってる。
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お勉強ちゃんとする年下のお友達がいた。勉強嫌いじゃないんだね、すごいね、と言ったら
「勉強するのは嫌いなの。でも悪い点数を取るのが耐えられないの」
と言っていた。それで勉強できるならそんなに嫌いじゃないんじゃないの、と思った。
大橋歩さんは本の中で
「部屋が散らかっている人は、散らかっていてもへいきなのだと思います。わたしは嫌なので片付けます」
と書いていた。それで片付けられるなら片付ける才能があるんじゃないの、と思った。
でも歯医者に勤めてから、歯みがき嫌いだけど虫歯に耐えられないくて熱心に磨くようになった。
片付け方を覚えて片付いた部屋に住むようになると、片付け嫌いだけど散らかってるのに耐えられない。
どうしてもその結果が嫌だと思うと、その結果を回避する道を懸命に探す。
その道中にある不愉快にも耐える。
/くたびれ はてこ