美の巨人たち 夏のおなじみ、"日本の建築シリーズ" Vol.2
今週は、J.H.モーガン設計の 『ベーリック・ホール』 です。
1920年、東洋一の巨大建築、日本最初の高層ビルである
"丸の内ビルヂング" 建築の 施工担当者として、
アメリカ最大の建築施工会社の技師長という立場で
日本にやってきたJ.H.モーガン。
彼がのちに ここ日本で設計したベーリック・ホールは、スペインの様式だった。
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美の巨人たちのことを語る
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誰でも見学できるとは言っても、国会議事堂
見るためだけに 東京まで行くのは遠いよなぁ@大阪
(´ー`)。o 0 ( 旅費が・・・ )
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国会議事堂、計画から完成までに55年かかったのだとか。
仮議事堂の時代が長く、なかなか建設に取り掛かれなかったらしい。
ひとり建築家が決まると、別の建築家が コンペにすべきだと
言いだし、心労のせいかひとり目の建築家が死去。
コンペが始まると、今度は コンペにすべきと言い出した建築家も死去。
さらに、コンペで一等に選ばれた案を提出した建築家も死去したという。
結局、合同チームで建設してゆくこととなり、
コンペで一等になった案とも かなり違う形になっているのだとか。
そのため 国会議事堂は、この建物を 誰それが設計した、
というふうに ひとりの建築家の名前をあげることができないという。
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今週は おなじみの 日本の建築シリーズ、
作品は 国会議事堂です。
おひょいさんが出てる。
美の巨人たち建築シリーズの案内人、
モデュロール兄弟は 出てこないのかな?
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『アテネの学堂』 で、古代ギリシャの偉人になぞらえて
同時代の偉人たちを描きこんだラファエロだが、
彼は、当時ライバルでもあったミケランジェロを、
当初の下絵にはなかったにも関わらず、ヘラクレイトスに
なぞらえて あとから描き加えている。
ラファエロは、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の壁画を
描いている時、ミケランジェロが席を外した隙に
その制作過程を見て、衝撃を受けたことがあるのだという。
ミケランジェロの、人体(筋肉)をダイナミックに描く
画法に影響を受けたとみられる作品も残しているという。
そして、『アテネの学堂』 にあとから描き加えられた
ミケランジェロは、確かに、ミケランジェロ様式とも言える
描き方をされているのだという。
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古代ギリシャの偉人を描いた 『アテネの学堂』。
しかし、レオナルドに似せて描かれた人物や、
ラファエロ本人の顔まで。
ラファエロは、同時代のルネサンスの偉人たちを、
古代の偉人になぞらえていたのだった。
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今週は、ラファエロ・サンツィオです。
今日の作品は、『アテネの学堂』(1509-10)。
ヴァチカンにある、巨大なフレスコ画。
神学、法学、詩学、哲学をテーマに、四面の壁に
描かれた(今日の作品『アテネの学堂』のテーマが哲学)。
古代ギリシャの名だたる偉人たちの姿を描いた、壮大な作品。
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”私は、真実より少し隔たったものを好む。
真実は、時に 真実らしく見えないことがあるからだ。”
と、アングルは言ったという。
ラファエロが描いた聖母マリアをイメージして
描いたのではないかと言われる その顔、
そして、背中や腕も、ひとりのモデルを描くのではなく、
美しいと思える体を いろいろ組み合わせて描かれた
『グランド・オダリスク』。
このコラージュ手法は、ピカソら キュビストから
注目され、彼らの表現に取り入れられた。
アングルは、20世紀に入ってから、こうして再評価された。
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肖像画では、画家としての腕を思う存分生かし、
技巧を凝らして 写実的にモデルの顔を描いたアングル。
一方、裸体画で描いた女性の顔に関しては、
人形のように理想化した顔を描いた。
そして、『グランド・オダリスク』 では、
彼の愛するラファエロが描いた、聖母マリアを
モデルとして その顔を描いたのではないか、というのである。
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要は19世紀のアイコラ・・・(身も蓋も無い)?
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当時は 作品をなかなか認められなかったアングル、
『グランド・オダリスク』 も、あえて引き伸ばしたように
描かれている背中について、「背骨が3つ多いのではないか」
などと揶揄されていた。
それに対しアングルは、
”美しい体を描くためには 誇張も許される” と反論した。
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ラファエロの絵画を愛したアングル。
彼は、ルネサンス期の天才・ラファエロを
モデルとした絵まで描いていた。
(もちろん、アングルのほうがずっと後の時代の人物。)
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今週は ドミニク・アングルです。
今日の一枚は 『グランド・オダリスク』(1814)です。
女性を描いた絵画の中でも、特に有名な作品の
うちの一枚。 ルーヴル美術館所蔵、
”ルーヴルの美の化身” と呼ばれることも。
アングルは、絵画史上もっともデッサン力の秀でた画家と言われた。
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フェルメールの 『地理学者』(1669)・『天文学者』(1668) の
モデルだったのではないかという説のあるレーウェンフックは、
実際には 生物学の研究者であったという。
未知のものを研究し、未知のものを知ろうとする ― その姿勢を、
地理学者・天文学者という 絵画の中の人物像に うつしこみ、
大航海時代、オランダが ”海の覇者” となっていったことを
讃えたのではないか、と。
当時 必ず航海に同行し、最先端の知識を持ち、
オランダが海を制す その一部始終を 間近で見たであろう、
学者の姿に 重ね合わせることによって。
そして、描かれた地理学者の、窓の外を見る視線が、
この絵を見る者を ”未知” へとひきつけるのである。
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17世紀、オランダは スペインから独立、海を制し、大国となった。
航海の際には、地理学者や天文学者が同行したという。
ちょうど、フェルメールが描いた、『地理学者』(1669) や
『天文学者』(1668) のような学者が。
この二枚に描かれた学者の男は とてもよく似ているが、
二枚とも、同一人物をモデルにしたのでは、ということである。
アントニ・ファン・レーウェンフックがモデルであるとする説が有力だという。
(フェルメールは よく 身近な人物をモデルにしていたが、
このふたりが友人だったという記録自体は 残っていない。)
フェルメールに、カメラオブスキュラの使い方を
教えたのではないか、とされる人物である という。
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現存するフェルメールの作品は、世界で三十数枚のみ。
その中で、今日の一枚である 『地理学者』(1669) と、
ルーヴル美術館所蔵 『天文学者』(1668)、
この二枚だけが、男性を単身で描いた作品である。
(ほかは、女性像が多く、また、二人以上を描いたものなどである。)
そしてこの二枚は、まるで 対になっているかのようだ。
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地理学者の周囲の地図―
棚の上の地球儀、床の上に放られた地図、
壁に掛けられた地図、そして机の上に広げている地図
には、フェルメール作品なら当然と言うべきか、
それぞれ意味がこめられているという。
地球儀はインド洋、壁の地図は ヨーロッパを
指している、と言われているという。
そして、地理学者が着ている衣は、日本の着物だという。
17世紀、東インド会社によって持ちこまれたものである。
その着物が、日本(アジア)を指す。
つまり、この絵の中心にいる地理学者は、
”世界の中心” にいることになる。
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今週は ヨハネス・フェルメール(1632-1675)でした。
今日の一枚は、『地理学者』(1669)。
43歳で没したフェルメール、37歳の時の作品。
ドイツ、フランクフルト。 ライン川のほとりにある、
フランドル絵画のコレクションで知られる
シュテーデル美術館所蔵。
地図を手元に置いた地理学者、左側の窓から光が差している。
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ファン・エイク兄弟作 『ゲントの祭壇画』 は、
描かれてから 600年の間、
エリザベスⅠ世が 手にしたいと願い、
また ヒトラーが強奪を企て、盗難の憂き目にも遭う
など、数奇な運命を辿りながらも、
現在、パネルの1枚のみ複製であるものの、
その大半が、奇跡的に 実物の美しい状態で残っている。
これから大規模な修復に入るという祭壇画。
この傑作を より長く保つため、600年間 いまだ
つきとめられない、ファン・エイク兄弟が 顔料に混ぜた
”謎の物質X” をつきとめようと、修復家が努力しているということである。
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この祭壇画が奇跡だと言われるのは、
この祭壇画以前には見られなかった技法
(画面を引っ掻くスクラッチ技法)や、
まるで 近現代の画家たちの画風を
想起させるような描き方が されている、という点もある。
バルビゾン派の画家のような森の風景や、
アンリ・ルソーが描いたかのような植物―
それも、のちの画家が この祭壇画を見て
まねた訳ではなく、まったくの偶然だというのである。